笹沢瀬里奈の悩み 〜Love trouble〜-2
数日後。
「秋葉」
玄関のチャイムが鳴ったので応対に出た龍之介は、驚いた顔をする。
玄関先で立っていたのは、男子バスケ部のキャプテンだった。
名前は、高由秋葉(たかよし・あきは)。
同学年の違うクラスだが、中学時代から割と仲のいい間柄である。
「おお、風呂上がりの男の色気。龍之介、人をアブナイ気分にさせないでくれ」
軽く身悶えしながら、秋葉は言った。
「あのなぁ……」
その軽口に、龍之介はげんなりした表情を見せる。
タオルを肩にかけ、シャツとパンツのハウスウェア姿に風呂上がりで水を滴らせる濡れ髪というリラックス度満点の格好が、汗も流していない秋葉には羨ましいのか。
「これ以上アホ言う気なら閉めるぞ」
言うなり龍之介は、ドアノブに手をかける。
「わっわっ待ってくれ待ってくれ」
秋葉は慌ててその手を止めた。
「いや俺が悪かった。本題に入るから」
「最初からそうしてれば良かったんだ」
仏頂面で言う龍之介に対し、秋葉はぽりぽり頬を掻く。
「今度の部の合宿さ、ちょっと参加して欲しいんだけれど」
龍之介は目を剥いた。
「はぁ!?」
「お前タッパ伸びたし、シュートなんか部員顔負けじゃん?部員のい〜い刺激になりそうなんだよねぇ」
「さすがキャプテン。喜んで……参加する訳ないだろうアホ」
濡れ髪を拭きながら、龍之介は舌を出す。
「何で素人が毎日鍛えてる連中に混じってプレイしなきゃならないんだ」
「頼むよぉぉ。お前運動神経いいんだからさぁ。な?な?」
泣きすがらんばかりの態度の秋葉を、龍之介は小突いた。
「あのなぁ……」
「龍之介〜。ご飯でき……あれ?」
玄関の方に顔を出した美弥は、きょとんとした顔になる。
「高由君」
龍之介の頬が引き攣るのと秋葉がにんまり笑うのとが、同時に起こった。
「ほっほーう?」
「わーったよ!やればいいんだろ!」
美弥は訳が分からず、困惑した顔になる。
「あの……お邪魔した?」
秋葉は、にやっと笑った。
「いやいや。伊藤さん、ナイスタイミ〜ング!おかげで龍之介が引っ張り出せる!大助かりさ!」
「へぇ〜、そんな事があったんだぁ」
美弥とは違うクラスで男子バスケ部のマネージャー、芝浦輝里(しばうら・あかり)は感心した声を出した。
「どうりでキャプテンが張り切ってると思った」
粉末のスポーツドリンクをボトルに入れた水で溶かしながら、美弥は頷く。
龍之介がバスケ部の合宿に臨時参加する事になったため、美弥は付き合いでマネージャーの手伝いをしていた。
この二人、顔を合わせるのは初めてだったが既に十年来の旧友か何かのように打ち解けていたりする。
二人は体育館の外でお喋りしつつスポーツドリンク作りに励んでいたが、体育館の中は騒がしく盛り上がっていた。
「盛り上がってるねぇ」
中からは、男女の入り交じった激しい声が聞こえて来る。
視線を合わせた二人はにやっと微笑み、体育館の中を覗き込んだ。
中では本番さながらの練習の真っ最中である。
ダンダンッ!
ドリブルの音がしたのでそちらを向くと、龍之介が部員の間を擦り抜けてゴールまで肉薄していた。
百七十センチを突破した身長は世間では十分大きいはずなのだが、バスケ部員に囲まれるとどうにも小さく見える。
何しろ彼らの平均身長は、百八十センチ前後。
キャプテンの秋葉に至っては、身長が百九十センチもあるのだ。
百五十八センチで身長が止まってしまった美弥や百五十四センチと小柄な輝里が秋葉の隣に並ぶと、まるで大人と子供である。
「あっ!」
走る龍之介の前に部員が立ち塞がり、美弥は思わず声を出した。
と、龍之介は……表情一つ変えずに、後方へパスを出す。
一見すると何にも見ていない、クソいい加減なパスボールだったが……。
走り込んで来た人影が、ボールを取った。
人影はそのまま、ゴール下へ移動する。
ガコッ!
人影は派手にダンクシュートを決めると、ガッツポーズを取った。
「うっしゃあ!」
人影――秋葉は、そう叫ぶ。
「龍之介ぇ〜、お前やっぱ最高!帰宅部やってないで、男バス入ってくれよ!」
秋葉の言葉に、龍之介は渋い顔をした。
「女に騒がれるから嫌だって……あ、美弥」
館内に入った美弥は龍之介に近付き、タオルとスポーツドリンクを差し出す。
「お疲れ様」
「あ、あの、キャプテン……どうぞっ」
近くでは、何故かどもった輝里が秋葉へタオルを差し出していた。
「……ふ〜ん」
その様子を見て、美弥は意味ありげな笑みを浮かべる。
「?」
他人の色恋沙汰にはけっこう鈍な龍之介は、不思議そうな顔をした。
「ほんと、こういう事には鈍いわねぇ」
それを見て、美弥は呆れた顔をする。
「輝里ちゃん、高由君が好きなんじゃない」
見れば秋葉も頬を少し赤らめつつ、タオルを受け取っていた。
部員達は、そんな二人をにやにやと眺めている。
「……どうやら、後は告白するだけみたいだな」
龍之介が呟くと、美弥はこっくり頷いた。