ウソ×A-2
「で、実際どうすんの?」
「…」
「付き合っちゃいなよ」
「えぇ?」
「小松いいと思うよ。そこそこイイ男だしまあまあ仕事もできるし」
褒め方が曖昧で、結果褒め言葉に聞こえない。
「なんてったってフリーだし」
「…っ」
言いながら睦月はジロリと横目であたしを睨んだ。
「あんたまだ遠藤主任と不倫してんでしょ」
「…」
「妻帯者なんかと付き合ったって一つもいい事ないよ。この際だから小松の事考えてみたら?」
「…ぐ」
一文字でしか反論できなかった。
睦月の言う通り、あたしの彼は既婚者。同じ部署の主任で、大人で、かっこよくて、色んな女子社員が憧れの視線を注いでた。あたしもその中の一人。奥さんがいるのも知ってたし、たまに会話ができたら幸せみたいな。
それがたまたま一緒に残業して深夜に事務所で二人っきりになっちゃって、何となくいい雰囲気になって、それで―…
今に、至る。
小松との状況と同じじゃないか。
何か思い知らされた。
あたしの尻は、ヘリウムより軽い。
あれから何日か経ったけど、小松の態度は以前と何も変わらない。
会えば話す程度の仲。
今まで通りに接してくる。
あいつにとってのあの夜はただの失恋の勢いだったのかな。それともよくある話…?
『彼女の事好き?』
『ったりめーだろ』
あんな風に素直に答える奴が彼女でもない女とそう簡単に寝るかな。
ここんとこ気付けば小松ばかり見ている。でも目が合う事はない。それはつまり小松はあたしを一切見ていないという事で…
なんか悔しい。
今まで通りなんて、言い方を変えたら単に無かった事にされてるみたい。いや、実際何も無かったのかもしれないけど。
真相を本人に聞くわけにもいかず、毎日毎日馬鹿みたいに姿を探していたら、遠藤主任と目が合ってしまった。
やばっ
慌てて目を反らす。
…ん?
やばい?
なんで…
「松田さん、ちょっとこっち手伝ってくれる?」
主任は上司の口調で話し掛けてきた。
「あ…、はい」
言われるまま後を歩いて着いた場所は事務所から離れた埃臭い倉庫。後から誰も来ないのを確認してドアの鍵を閉めると、ギュッと抱き締められた。
「お前、最近変だぞ。何かあったか?」
「…別に、ないよ」
「ならいいけど」
大きな手は子供をあやすようにあたしの髪を撫でた。
このドキドキは、いつものとは違う。舞い上がる感じは無く、ズンと重い。
全身に付きまとう罪悪感は誰に対してだろう。
主任の奥さん?
小松と一晩過ごした事を隠してるせい?
それとも―…
その手は頭から顔をなぞりながら下がってきてあたしの唇で引っ掛かるようにして止まった。
小松もこんな風に触れてくれたのかな。抱き締めてくれたのかな、キスしてくれたのかな、小松は―…
近付いてくる唇を反射的に両手で塞いだ。
「…松田?」
「すいません、何か…、調子悪くて」
白々しい言い訳をすると、またギュッとされる。
「今夜、部屋で待ってて」
そう言い残して主任は先に倉庫から出て行った。
あたし、変だ。
あれから小松の事ばっか考えてる。今だってせっかく二人きりになれたのに、主任の動作を全部小松に置き換えたりして―
「ぬああぁあっ」
叫んで両頬を思いっきり叩いた。
きっと睦月に変な事言われたからだ。だから無駄に意識しちゃうんだ。
今夜は久し振りに主任とデート。アパートで二人っきりになれば小松の事なんか忘れられる。そうに違いない!
でなきゃ、そうじゃなきゃ、やってられないよ…