『LIFE LINE』前編-6
「ちょうど良いわ。暇だったし、ちょっと見てあげる」
別にいいです、と遮る僕を無視してさっさとノートを取り上げてしまった。
確かに講師の人に見てもらうのは願ってもない機会だが、僕は一人で勉強するのが好きなのだ。
そんなことはお構いなしにと彼女は問題に目を移す。こっちの意見はどうやらすべて無視らしい。
「どうですか?」
恐る恐る聞いてみる。しばらく黙って見ていた先生は、顔を上げると姿勢を正して厳しい表情になった。
「正直に言っていいかしら?」
どうぞ、と僕は頷く。
何をいまさらと思ったが先生の息を呑むような態度に急に不安になった。
「難しいわね」
「ダメ、ですか・・・?」
「絶対に無理って言ってる訳じゃないのよ。受験なんてまだ半年も先のことだし、時間はある。要は君の努力しだいね」
彼女はそう言って机にノートを置くと、初めて先生らしい顔つきになった。
「成瀬くんは他に何かやってみたいことはある?」
「他に?」
「夢とか目標があるかってこと・・・。どうなの?」
先生は僕の目をじっと見透かすように見つめた。
正直、それは聞かれたくない質問だった。
僕に、返す言葉はなかったから。
「いけませんか?」
やっとの思いで出した声も、弱々しいものになってしまった。
「大した理由も、明確な志望動機も持っていない奴が大学に進むのは間違ってるんですか?」
「そうでもないわよ。進路が決まらないから進学するんだし、遊ぶために大学生になるような何も考えてない人だっているわ」
先生は机の上に広げた僕のノートを指でなぞりながら、呟く。
「…大事なのは、自分で決めることだと思う。君はまだ、ましな方よ」
そうなのだろうか。先生の意見は正論で、それでいて僕には残酷だった。本当は、考えなんてない。この勉強も、受験も全て、父さんの意思なのだから。
「ところで、成瀬くん。この後ちょっと時間ある?」
開いていたノートを閉じて、先生はそう切り出した。
個人授業はもう終わりらしい。
「今日は1日ここにいるつもりです」
僕はチラッと横に積まれた参考書の山をこれ見よがしに見せつけた。
我ながらすごい量だと思う。
「そう……じゃあ、仕方ないね」
先生が立ち上がる。がっくりと肩を落として残念そうに顔を伏せていた。
少し、冷たかっただろうか?
微かな罪悪感に苛まれながら、僕は教科書に目を戻した。