『LIFE LINE』前編-19
「……い」
「え?」
「…………さい」
うわごとのように、しきりに何かに向かって訴えている。
僕は耳を澄ませ、先生の意図を必死に汲み取ろうとした。
たぶん、それしかする事がなかった。
そうじゃなければ他にやりようもなく、ただうろたえるばかりだったから。
先生はずっと叫んでいた。
か細く、擦り切れるような声で。何に対して叫んでいるのか、何を求めているのか。
何一つ分からない。
僕はこの人のことを、なにも知らない。
理解することもできない。
薄紅色の唇は、たった一言。
一つの真実を、僕に告げていた。
――ごめん、なさい、と。
先生は泣いていた。
子供がしゃくりあげるような、悲痛な嗚咽を漏らして。
そこには、あの無表情な彼女はいない。
頼りなく、弱々しい別人だった。
それこそが、彼女の本当の姿ではないのかと、錯覚しそうになりながら。
僕は、もつれるように、手を差し伸べた。
「何で謝ってるんですか、先生」
肩を揺らす。
「何を怖がってるんです?ここには、僕がいるだけです。大丈夫ですよ」
反応は薄く、壊れたラジカセみたいに、ただ意味のない謝罪を繰り返す。
もう、見ていられなかった。
だから、つい、力が入ってしまったのだ。
僕は思いっきり、先生を縦に揺さぶった。
ガクン、と首が落ちる。
その拍子に着ていたシャツがはだけて、いくつかボタンが床に転がった。
虚を突かれて、僕は思わず後ずさりをする。
時間が、止まる。
先生の白い肌が露わになった。透明感、という言葉がぴったり合いそうなほど、透き通った体。
いや、違う。
僕が気になるのは、そんなことじゃない。
薄いシャツの下に隠された先生の体は。
…傷だらけだった。
…言葉を失う。
それはあまりにも、不釣り合いだったから。
おびただしい数の小さな切り口。
無数に広がるそれは決して消えないだろう深い傷跡になって、腕に、首筋に刻まれていた。
初めて会った時のことを思い出す。
あの日、真夏の太陽の下で、先生は喪服のように真っ黒な服を着ていた。
あの時、見られたくない痕跡が、自分の体に刻まれていたのだとしたら。
僕は不思議に思っていたのに。
ヒントは、確かにそこにあったのに。
突きつけられた重すぎる真実は、僕をしばらく空っぽにさせて、動くことも、許さなかった。