『LIFE LINE』前編-18
きっと力になってくれると思っていた。
そうやって、ずっと父さんが帰ってくるのを待っていた。
待って、待って、待ち続けて。
いつの間にか、夏が終わっていた。
僕は、一人きりのまま、くしゃくしゃになった退部届けを顧問に渡した。
僕の中で、何かが音を立てて崩れ落ちた。
何かはわからないけど、死んでしまった。
二度と生き返ることはないのだと、そう思った。
――蜩の鳴く声に、静かに身を起こす。
意識は半透明で、視界は朦朧としていたが、徐々にはっきりしていき、そこで初めて自分が寝ていたことに気づく。
辺りは暗くなりかけていた。
日の長い時期なので、もう随分遅くなっているはずだ。
そろそろ帰らなければならない。
先生は、片肘をついて静かな寝息をたてていた。
知らぬ間に勉強そっちのけで二人して眠り呆けていたらしい。開きっぱなしの教科書に写っていたルノワールが、窓から入ってきた風にペラペラと揺れていた。
「先生」
と僕は言った。
返事はなかった。
「先生、僕帰りますよ。起きて下さい」
そうやって、何度も呼びかけたが一向に目を覚まさない。
まるでリンゴを食わされたどこかの童話のように、その眠りは穏やかで、完璧だった。
…気付けば、見惚れてしまう。
僕は仕方なく立ち上がり、開いていた窓を閉めた。
荷物をまとめて、帰り支度を済ませる。
ドアノブに手をかけた所で、壁際に掛けてあったタオルケットを取り一旦戻った。
肩の上から、そっとかけてやる。
風邪を、引かないように。
「ん、んん……」
低く呻いた声で、先生が反応した。
何かにうなされているようだった。
背中越しに被ったタオルケットを無造作に払いのける。
様子が、何だかおかしい。
「先生?」
僕はしゃがみ込んで先生の寝顔を覗き込んだ。
額が汗でびっしょりと濡れている。
尋常じゃない量だった。
顔色は蒼く染まり、時々なにごとか呟いている。
明らかに、暑さのせいではない。何か、得体の知れないものに取り憑かれてるような、不気味な感覚だった。