『LIFE LINE』前編-17
「尊敬してる人がいたのよ」
顔を上げ、ゆっくりと話し始める。
「凄く、頭の良い人だった。行動力があって、仕事に夢中で、家庭を省みないような人。その道に進んだら一本気で、他の事なんて目に入らない。
……そんな感じ」
耳を傾けながら、あまりいい気はしていなかった。
似たような人間を、僕も知っていたから。
「でも、周りから必要とされていた。私は幼いながらも、気付いたの。この人は、ここに留まってる人じゃない。今の社会になくてはならないんだって」
随分と大きな話になっていたが、先生はまるで自分の夢を語る少女のように真剣だった。
僕は思わず姿勢を正して座り直した。
「…それで、そんな風になりたいって思ったんですか?」
「まあ、近いかな。私が学生時代に進路に悩んでいた時に、その人に勧められたの。教員免許を取ろうと思ったのは、それから。結局、ダメだったけどね…」
教師という仕事が、どれだけ立派なものなのか、僕にはわからない。教える立場になるなんて、実感が湧かないからだろう。
でも確かに、先生はそこを目指していた。
ちゃんと目標があって、目標とする人物がいたのだ。
多くの人がそうであるように、先生もまた、答えを見つけていたのかもしれない。
それがなんだか、悔しいような、寂しいような、複雑な気持ちだった。
「気にすることないわよ」
「えっ?」
僕の気持ちを見透かしたように、先生が今までにない表情で笑った。
「君はまだ、真っ白な紙ね。まるで、このノートみたいな無垢な白」
僕のまだ手をつけていなかったノートを持って、パラパラと捲り出す。
「そこに絵を描く人、楽譜を書く人。みんな違う道を進み始める時が来る。もちろん、君もね。いつかきっと分かるわ。君がこのノートに何を書くのか。だから、その可能性を諦めることだけは、してはいけないのよ」
それは、ロボットの僕にとって、思い掛けない言葉だった。
背中をポンと押されるような感覚に、自分の中で止まっていた時計が、再び時を刻もうと動き出した。
嬉しかった。
こんな僕の未来を信じてくれる人がいたことが、ただ嬉しかった。
膝の上に乗せた掌を、強く、握りしめる。
先生のくれたこの言葉が、消えてしまわないように…。
ぼんやりとした空気の中、僕は机に突っ伏して夢を見た。
思い出したくもない中2の夏。
その頃、ずっと続けていたバスケ部を辞めようかどうか迷っていた。
顧問の教師と、馬が合わなかったからだ。
練習にもかかわらずミスした部員を片っ端から外し、徹底的に試合に出さない方針に皆が反発していた。
僕は背が高いわけでもなかったし、とりわけ上手い選手でもない。
でも、バスケのことを考えてる自分が何よりも好きだった。
その時間だけが、まともに生きている実感がした。
だから、どうしてもその大切な時間を守りたくて、思い切って父さんに相談することにしたんだ。
普段は家に寄りつきもしない、都合のいいときだけ親の顔をするような人だったけど、部活のことは応援してくれてたから。