『LIFE LINE』前編-16
「ボロいっすね……」
「ん?何か言った」
「年季が入って、趣があるなって言ったんですよ」
中はもっとひどかった。共通廊下の片隅に、故紙やゴミ袋の山が散乱し、人が通れるスペースもろくにない。
二階の、一番奥にある先生の部屋までたっぷり五分もかかった。
「お邪魔します」
ドアを開けた先生に促される格好で入ると、そのまま居間の方に通された。
丸いテーブルの前に座り、キッチンでお茶を入れてくれる先生を待つ。
外装の汚さとは違い、綺麗でこざっぱりした部屋だった。
まあ、男の一人暮らしではないのだから、これくらいが普通なのかもしれない。
狭い以外には特に文句のつけようもなかった。
「さ、まずは何から始めましょうか、物理、数学?」
僕の向かい合わせに座った先生が、バッグから次々と本を取り出す。
「成瀬くんは、苦手な教科とかあるの?」
「いや、特に」
さも当然のように、僕は答える。
これでも、学年の中では成績優秀で通っているのだ。
「じゃあ、どうして私が担当した史学や英語は点数が低かったのかしら?」
嫌な質問をしてきた。
そんなの、集中できないからに決まってる。
「…それでお願いします」
言い返す言葉がなかったので、素直に頭を下げる。
情けない男だった。
先生はしたり顔で満足げに頷いてから、授業を始めた。
「175ページを開いて、問3からいくから 」
そうやって、言われた所の例文を解いていく。
1792年……フランス革命、共和政の成立っていつだっけ?
こういう断片的な部分だけ切り取ったような覚え方って、よくないと思う。
本当はそこでなにが行われていたのか明確に記されてないからだ。
教科書に載っている歴史上の人物が、まるで空想の世界の住民であるかのように。
現実味が湧いてこないから、たぶんそう錯覚してしまう。
こんなことをして、一体何になるのだろう。
時々、疑問に思う。
このリアルさに欠ける作業が、僕に与えてくれる物なんて、何一つなかった。
せいぜい良い大学に入って、無難な就職先を選ぶことができるぐらい。
周りは、狂ったようにそれをやっている。
いや、外から見れば、僕もたぶん連中と変わらない。
無機質な、機械なんだ。
「先生」
「ん?この問題が分からないの?」
「先生はどうして、先生になったんですか?」
授業には関係のない質問。
でも僕は、どうしても聞いておかなくちゃいけない気がした。
最初はきょとんとしていた先生も、やがて目を閉じ、考え込むように額に手を当てていた。
そして。