『LIFE LINE』前編-13
いつもより一つ早い駅で降りて、南口からデパートに向かう。
夕飯時のため、通りには人が多い。ショッピングモール街には仕事帰りのOLや主婦でごった返していた。
この辺りは僕の住んでいる町と比べてもかなり進んでいる。
休日には学生が集まりちょっとした露店なんかも出てきたりするので、時間がある時はここに来て暇をつぶすこともできた。
まあ、今年になってからそんな余裕もなくなり、滅多に顔を出すこともなかったのだが。
そんな受験生を尻目に、明菜はちょくちょく遊びに行っているらしく、新しく出来た店なんかを見つけては僕に教えてくれた。
どの道、来年の春先までは縁のない場所なんだろうなと思いながら、雑踏を掻き分けていく。
右手に、目的地が見えた。
僕は、表に立てかけられた看板を見て……足を止めた。
「どうしたの?」
急に立ち止まった僕を振り返り、明菜が言った。
もう一度看板に目を向ける。
なんてことはない。
どこのデパートでもやっている写真家の個展だ。
なんてことはないんだ。
父の名前さえ、載っていなければ。
「知っていたのか?お前」
込み上げてくる感情を抑えながら、明菜に問い質した。
妹は何も答えずに、目を伏せてしまう。
「何で僕を連れてきたんだ?」
自分で言いながら、語気が強くなっていくのを感じた。
気づいたのだろう。明菜は肩を震わせておずおずと声を出した。
「だって、お兄ちゃんにも……見せてあげたいと……思ったから」
大きなお世話だった。
そんなもの、見たところで気が失せるだけだ。
「帰るぞ」
僕は明菜の手を引いてもと来た道を引き返す。
下唇を千切れるくらい噛み締めて、それでも湧き出した怒りは収まらなかった。
やっぱり、そうだ。
改めて思い知る。
僕とあの人の間にある、深く暗い溝が。
例えようもない、決定的な距離が埋まることは、決してなかった。他人様から見たら、そこまで悪い関係には見えないかもしれない。だが、僕達は気づいている。
お互いに理解している唯一の境界線。
絶対に、踏み越えてはならない部分。
僕は学業、父さんは仕事。
それを疎かにさえしなければ、相手から余計な口出しも、邪魔も入ることはない。
それはある意味、僕達親子がいがみあうことでしか関われないという事実でもあった。
その事実を発掘した時、僕はもう、あの人のことを父として見ることができなくなった。
結局その夜は、いつものスーパーで買った、安売りの惣菜コロッケを二人で食べた。
パサパサの衣が張り付いて、更に不味くなっていた。
明菜は一言も喋らなかった。
大人しくご飯を口に運びながら、もくもくと食べていた。
結局、妹は飯なんてどうでもよかったのだと、俯いた顔を見てそう思った。