『LIFE LINE』前編-11
「圭一さあ、最近少しおかしいよね。元気なかったと思ったら急に成績落とすし」
僕は視線だけマコに移して、書き取りを続けた。
いつの間にか隣に座って足を組んでいる。
「女の、ニオイがするな…」
不意にそんなことを言われた。
体が固まる。
マコは昔から、変なとこばかり鋭い奴だった。
「好きな女子でもできたか?」
勢いよく肩をたたかれて、冷やかされた。
僕はそれを片手で振り払う。
「そんないいもんじゃない」
一瞬、頭によぎる顔。
ついさっきまであんなにムカついていたのに、この手の話題になった途端
……不思議と、先生のことを考えている自分に気づいた。
まあ、少なくともこいつよりはましだろうと思ったんだろう。
今も昔も、僕の周りにはろくな女がいない。
「お前はどうなんだ、そこんとこ」
言ってから、僕は自分の質問が失言だったことに気付く。
マコは頭は良くないが、男受けがすごく良かったりするのだ。
「ぜーんぜん。っていうか、今はそれどころじゃないって感じかな。実は私も、今回の模試あんまりだったんだよね」
「ふーん……」
意外だった。
「判定は?」
「D」
僕と同じだった。
もちろん、僕の方がレベルの高いDだったけど。
「どうするんだよ、志望変えるのか?」
「うーん」
腕を組んで、深く唸っている。珍しく悩んでいるみたいだった。
「…もう少し、頑張ってみようかな」
マコはポツリと、自信なさげに呟くと、鞄から小さな筆箱を取り出した。
中を開ける。
そこには、何色ものクレヨンが入っていた。
子供が遊びで使うようなものだ。
「去年の保育実習の時にね、そこの子からもらったんだ。また、一緒に遊ぼうって」
そういえば、そんなこともあった。
僕としては、ただただ面倒くさいだけの行事だったが。
「何でもないようなことだったけど、すごく嬉しくて。
気付いたのよ。その子達と触れ合ってる私のほうが、一番楽しんでた。
それから自分なりに、色々考えてさ。思ったんだ。
私、先生になりたいって」
マコは照れくさそうに鼻を掻いて笑った。
正直、驚いた。
普段いい加減なことばかり言っているマコから、そんな話を聞かされるなんて。
いつだって、面白半分で何も考えてない奴だと思ってたのに。
いつ間のにかこんなにも先を越されていた事に、不安を抑えきれなかった。
あの日、先生に言われたことが今さらになって胸に染みていた。