夏の始まり、夏の終わり(前編)-9
「帰り、大丈夫かな…」
男は心配そうに呟いた。
「タクシーなら、雪道は慣れているし大丈夫ですよ」
「そうだよね、東京じゃないんだし」
男が東京という言葉を発するたび、私は少し胸が痛んだ。
しかし、その胸の痛みは…過去の悲しみからのものではないのだ。
男と私の間にある遠い…距離を感じてしまうからだと…
この頃から私は気付いていた。
私は、この男に惹かれていた。
男が去った後、私は店内でストーブに当たりながら煙草を吸う。
子どもたちの前では、煙草を吸う姿を見せたくなかった。
だから、こんな大雪の日は…逆に煙草が増えてしまう。
店を閉めてしまってもいいのだが、その日に限っては何故かそんな気になれず、私は本を読みながら店内で暇を潰していた。
ふと目を外に向けると、相当な雪が積もっている。
冬の間は持病のリウマチが酷くなるからと店主は娘の嫁いだ先に長期に渡り泊まりにいっていた。
なので、私は家の管理まで任される形になっているのだ。
この雪で、自宅に帰る気にもなれず…
私は、実家の母に電話し今日は店に泊まると伝えた。