夏の始まり、夏の終わり(前編)-7
「そしたら、入れすぎて…下に入れた蝉がつぶれてしまったっけなあ」
スーツ姿で、大人なこの男が…こんな話をするのがおかしかった。
「そんなに蝉を取ったんですか?」
私は少し笑いながら、そう答えた。
「昔はアウトドアだったんですよ、私も」
それって、アウトドアと表現するものかしら?
その表現がおかしくて…私は、笑い続けた。
私にも、この男のように…
荒れた過去よりもっと前の…
無心に蝉を追い続けた夏が、あったのかもしれない。
覚えていないだけで…
そう、きっとあったに違いない。
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それ以来、月に一度は、この男を見かけるようになった。
見かけるというよりは、男がこの店にわざわざ寄っていくようになったのだ。
タクシーを拾うコツを覚えたのか、男はそれに乗り店の前までやってくる。
そして、タクシーを待たせ、この店で小銭の買い物をしていくのだ。
男曰く、病院へ行くと、一日中緊張しなければならないので…
その直前に、この店で息抜きをしていくのだそうだ。
いつしか男の買い求めるものは、氷菓子から駄菓子に変わり…
暖かいココアになった。