夏の始まり、夏の終わり(前編)-6
男は、淡い水色の氷菓子をその場で口に含んだ。
子どもの口では、とても大きく見えるそれも…
男が食べると、三口程度で食べ終えてしまう。
都会と違い、バスは1時間に1本もない。
インターネットでも、田舎町のバス時刻は検索できなかったようだ。
タクシーなど皆無に近い。
そんな訳で、男はさっそく…最寄の駅から歩くことになってしまったらしかった。
「ごちそうさまでした」
男は、優しい笑顔でそう言い店を後にした。
私が東京にいたころにも、こういう丁寧な話し方をする男が…
あの街にいたのだろうか。
少なくとも、私が関わることの無かった世界だったことだけは分かる。
私がいた東京と、この男のような人間が存在する東京は…
同じ街なのに、全くの別世界なのだと思った。
「蝉が、にぎやかですね」
「ええ、網戸にとまると…うるさくて眠れないんです」
「昔は…蝉を取るのが楽しくて仕方なかったなあ…」
男は昔を懐かしむように、優しい口調でそう言った。
「昔、虫かごに捉まえた蝉をどんどん入れていったんですよ」
男の優しく低い声に、私は耳を傾ける。