秘密屋-6
「さあ、どうにか……本体は殺してしまうから。」と桐島。
私は言葉を無くす。彼はやはり精神病だった。と、確信している場合ではない。警察に通報しなくては。……待て。ここで通報すれば私の身が危険ではなかろうか。私まで殺されてしまうかもしれない。その確率は極めて高い。私は考えた。そして、ひとつの答えを出す。それが安全か否か定かではないが、無闇に通 報するよりは断然賢明な判断だと思えた。
男が「指」をしまうのを見計らって私は彼に携帯電話を差し出した。
「自首して下さい。」
優しく言ってみた。私の答え。それは貴方の見方だ、と行為と表情でもって精一杯示すこと。
「どうして貴方がそんなことを言うンですか。」秘密屋には守秘義務があるのでしょう? と言いたげな桐島だ。
桐島の目は、真っ直ぐ私を捕らえて離さない。呪縛。正しく呪いだ、これは。
それでも桐島は暴れたりはしなかった。この判断はやはり、正しかったのかもしれない。そうだ、正しいのだ。今は正しいと思う事にしよう。
冷静を心がける。だが桐島と目を合わせているのは実に困難な事だ。何の刑罰を強いられるより、彼の「呪い」の方がずっと恐ろしい。足下に転がっていった唐揚げを思い出した私はそれを切欠にして目を逸らす為に身を屈める。そして目を合わせられぬまま説得力のない説得をしてみせる。
「そりゃあ、私は秘密屋ですよ。貴方の秘密を守るのが、義務です。しかし、どんなことにも例外はあります。この状況で言う例外とは、その秘密を守ることが、どちらにとっても、つまり、私と貴方のどちらにとっても不幸でしかない場合です。生涯、貴方は当たり所のない罪悪感に苦しむし、私も犯罪者の片棒を… …ひいっ、」
唐揚げをつまみ上げたその瞬間。桐島の手が私の指を包む。殺される。そう思った。頭は真っ白、瞼は熱くなり、身体中が軋んだ。携帯電話を取り出したことがやはり、いけなかったのだろうか。色々な事を思い起こして後悔するばかりだ。
だが、予想に反して桐島はすぐにその手を離す。そして穏やかに言った。
「判りましたよ。明日、自首します。その代わりと言っては何ですが……ええ、貴方も僕にお願いしている訳ですからね。タダでその要求を飲むのは不条理だ。僕に、明日ここで唐揚げを作らせて下さい。」
何を言っているのかこの男。そう思ったがよくよく考えれば。こんなに美味い唐揚げを作れる人間、それほどまでに唐揚げに拘泥するのも判らなくもない。むしろ自分の仕事に誇りを持っている素晴らしき人、という見方もできる。そうだ。そのように、見よう。何はともあれ、殺されずには済みそうだし。
「それではまた明日、」と震える声で私。
「ええ、お邪魔しました。」笑顔の桐島。
玄関にて男を見送った後、私は再び唐揚げを頬張った。男が去った事と、唐揚げの美味さで少し落ち着く。肉を噛みながら新作小説の事を考えた。勿論、桐島の秘密を材料に使わせて貰う。指フェチの気持ち悪い男が繰り広げる連続殺人事件。面白いかもしれない。売れるかもしれない。お主も悪よのう、と、思わず 口元を緩ませる。
ふと、緩ませた口の中に違和感。唐揚げの断片ではない、何か異質なものが口の中で攪拌されている。舌先が、その小さくて堅い物を捕らえた。外に出してみる。
――プラスチック?
掌に乗せたそれ。米粒くらいの大きさのプラスチックみたいな感触のもの。はじめは毒薬かと焦ったのだが、どうやら違うようだ。小さな先端が尖っており、飲み込む際に喉に支えそうだから。こんな形の薬は見たことがないし。私の頭に異物混入事件の文字が過ぎった。明日、桐島に言わなくてはならないぞ。食べ物 に異物が入っていることは社会的に大問題なのだ。私はその堅い物を、丁寧にティッシュの中くるんだ。そして再び、次の唐揚げを頬張った。