秘密屋-5
「それでも見たとおり、僕はこんなどうしようもない人間ですから。ええ、ちゃんとね、自分でも分かっているンですよ。自分が一番ね、よく分かっているンです。はい。本当。……そうそう、こんなやつだから愛することは出来ても、愛し合うことは出来なかったンですね。職場にも、指の綺麗な人が居たンですけどね 、やはりね。それはそれは白くてしなやかな指をしていましてね。ええ、そう、思わず、仕事中、手を……、手を握ってしまったンですよ、ぐふ。」
どうか、私の手は握らないで欲しい。
桐島の話に頷きながら二つ目の唐揚げを頬張る。彼は話すのに夢中。今度は(少なくとも先刻よりは)、味を楽しむことが出来た。人間の「慣れ」という脳の運動に感謝。脳に感謝している間に、脳に桜色の幸福な世界が広がる……何だこの味。驚いた。ふわっと、頭の中が浄化されていく。かなりの美味。こんな唐揚 げを今まで食べたことがあっただろうか。果たして何の違いで、こんなにも美味くなるのか。美味しいですね、と伝えようと一歩踏み込んだ所で止めた。桐島と声が被った。何かを話そうとしている私の様子にも気付いていないのだろう、桐島はお構いなしに話しを続けた。
「それで、その人、僕に怒鳴ってきたンですよ。何するンですか! って、凄い剣幕で。ほら、僕、太っているし、気持ち悪いじゃないですか? ね? その時はね、やっぱり僕が悪いんだと思って、悪いことをしたと謝罪したンですけど。どうしても、彼女の指が気になって仕方がないンです。夜、寝るときも、彼女の 指が頭の中で蠢いて、離れない、眠れないンです。」
桐島が鼻息を荒くしながら喋っている傍らで私は、次々に唐揚げを口へ運ぶ、その作業に没頭していたのだ。まるでとりつかれたように。それでも仕事であるからして聴覚を最低限、機能させてはいた。人間とは本当によく出来ている。体のよい生き物である。そして人間を超越した生態不明の生き物、桐島がここで 訳の判らない話をし続けている。
「いつしか、確かな物体が欲しくなってしまったンです。どうしてもね、はっきりとしたものが。頭の中の妄想ではなくて、こう、実際に触れることが出来る、確かなものをね。それで僕は決めたンです。彼女の指を、自分のものにしてしまおう、と。それが、最初でした。」
私の手元から床へ、唐揚げが転がっていった。桐島がポケットからある「物体」を取り出した為だ。その物体に、目を疑った。
彼がポケットから大事そうに取り出したそれ。ラップに包まれた誰かの指だった。付け根から先端まで。それはそれは白くて、しなやかな指だった。
「……どうして、そうなるンですか。」
私は問うた。どうしてそんな結論になるのか。尋常ではない。彼に尋常を求めた所で何の意味も成さない気がするがしかし、それにしても尋常で無さ過ぎる。落下した肉を拾うことも忘れ、今度は私が桐島を凝視する。桐島はお菓子売り場で駄々を捏ねる幼稚園児の様な顔で、口を尖らせて言った。
「だって、耐えられないンです。どうしても、欲しくなってしまうンです。」
「胴体は……指を切り取った後、その人の体はどうしたンですか? 警察に行かないンですか? あ、ああ、あなたね、犯罪者ですよ? 正気ですか!」
後半部分、私も驚愕とこの男への恐怖心で訥弁になっていた。決して桐島を真似たかった訳では無いのだ。しかしそんな私の胸襟は何一つ察していないのか、桐島は宙に目線を泳がせて唸りながら小首を傾げている。右手の人差し指を下唇に置いていて、分厚い唇が潰れた明太子の様に変化している。