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秘密屋
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秘密屋-3

「本当だ。桐島さんが経営されているお店だったンですね、」

 桐島、というのはこの男の事。依頼を受けた時、つまり送られてきた依頼契約書のファックスに名前が記載されていた。落ち着かない様子のそいつに手早く作った粗茶を出す。余程喉が乾いていたと見える。その湯呑みが空になるまでさほどの時間は掛からなかった。

 おやおや。苦笑しながら桐島の湯呑みにお代わりを注ぐ。そんな私に桐島は、本当に申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝った。

「構いませんよ、お茶くらい。私の方こそこんなに沢山の唐揚げを御馳走様です。」

 額の油を服の袖で賢明に拭い逆の腕に紙袋を抱えながら、私の言葉に微笑む桐島。目の前に卓があるのに。そこに置けばいいのに。そんなことにさえ気づく余裕もないのだろうか。尋常じゃないぞ。

「桐島さん、もっとリラックスして構いませんよ。ここでは気を遣わなくてもいいンです。」

 微笑みながら私が言う。大変だ……段々顔がひきつってきた。ずっと笑顔を繕っていたから。まずい。そろそろ閑話休題。本題に入らなくてはボロが出る。話の深みを聞けなくなるかもしれない。もとより無かった誠意を疑われる可能性がある。とにかく先ずリラックスして貰わねば。

私は半ば強引に彼の腕から紙袋を奪った。

とはいえ、微笑みかけながらのこの私の行為。当の本人が「強引」と受け取ったその確率は極めて低い。そう、低い筈だった。彼が甲高い悲鳴をあげた、それまでは。瞬間さすがの私も予想外の出来事に焦ってしまう。あわあわと。

とっさに思い付いた事をしていた。震えている依頼人の手を握っていた。ほら、よくこんな図を見るだろう。精神病の患者が興奮状態に陥った時カウンセラーなんかが手を握って宥めているあの図。恐らくそれを瞬時に思い出したのだと思う。実際この時既に私はこの人を、精神病の患者以外の何者でもないと思って見て いたのである。

「落ち着いて下さい、落ち着いて下さい。もう何もしませんから、本当に、何もしませんから、」

 言った後で、まだまだ勉強不足だと思い知る。成り行きをコントロールするということは容易でない。カウンセラーが偉人に思えてきた。天才かもしれない。奇才と言うべきか、鬼才と言うべきか、声に出したらどっちがどっちだか区別がつかないぞ? しかしなんだ、自分に出来ないことを出来る人間を見つければ 忽ちその人を偉人だと思ってしまう。でも。そう言うのなら私は愚かにも自分が偉人であると思っている訳か。判らない。それより何故、私はこんな時に、こんなことを考えているのか。職業柄、常時考えることが癖になっているのか。そうなのか? そうなのだろうか? 判らない。
 
 忽然。暴れていた精神病の患者、基、依頼人桐島の動きがピタリと止まる。私は恐怖していた。次には何をするつもりなのか。押し倒されてそのまま犯されるかもしれない、と気色の悪い杞憂。私の皮膚が下から徐々に蒼くなっていく間に、男はゆっくりと口を開いて言った。


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