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秘密屋
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秘密屋-2

 八階建てマンションの最上階。エレベータで根城へ急ぐ。頭上で「8」の数字が橙に光ると直ぐに扉が開いた。私はエレベータの外へ飛び出す。予期していた通り、そこで人影を見つけた。私の部屋の、ドアの前で腰を下ろしている。厚みのある茶色い紙袋を持ったその男。虚ろな眼差しで地面を睨んでいる。

「済みません,お待たせしました,」

 力無く顔を上げたその男。丸い眼鏡が被さった大きな顔。その下で鼻の頭が油で光っている。その光に目を奪われたのだろうか、瞬時、静止してしまった私。両頬上昇の予感。慌てて気を持ち直す。

「中へどうぞ。あがって下さい,」

 そんな無礼な自分を吹き飛ばすように。顔中の筋肉を軋ませ無理矢理な笑顔を繕い客人に言う。対する彼は何の反応も見せない。相変わらず心ここに在らず、と言った具合だ。私は鍵を開けて男を中へ導いた。因みに、招き入れた訳では無い。

 私が小説家であることは何度か述べたと思うが実は他にもう一つ仕事をやっている。「秘密屋」と称したこの仕事。内容を簡潔に言おうか。

皆、誰にも言えないことはあるだろう(きっと貴方も)。人間、本質的に秘密を喋りたがる生き物で溜め込むことを苦痛に思う。そんな人の話の聞き役となってやる。赤の他人として聞いてやる。聞いて欲しくてもそれが秘密、即ち言ってはいけない事だという認識がある人間は、最初は喋る事を渋るが赤の他人なら私の話術次第で秘密を吐きやすくなる、と いう訳。しかも守秘義務あり。契約書がある。それが「秘密屋」の仕事なのだ。

 だが、この仕事をやるにあたって一番の目的は、相手を救うことでもなければ更生させることもなく。単に小説を書く際の材料を採取することが目的だったりする。私にとってはそういうこと。実態は冷淡な人間なのである。

「そこに座って下さい。今お茶を御用意しますから,」

 目を泳がせ落ち着かない様子だったその男は、私の言葉に従い居間のソファに座った。

「本当,遅れて済みませんでした。」

 スーパーの袋を解きながら言う私。中が垣間見えた瞬間にあの白い紙袋が目に飛び込んできた。確か有名店の唐揚げだと言っていたっけ。

「そういえば、さっき唐揚げを手に入れましてね。丁度昼時ですし食べませんか?」

 男に言いながら考えてみる。あの女の話をするべきか否か。客人は相変わらず緊張しているし。笑い話にして気を楽にさせてやろうか。しかしそこで別の問題を見出す。男女間のいざこざなどこの男にとってまるで関心がないように思われた。無論、単に外見上のみの判断。

そうこう考えている内に,男の方が口を開いた。

「僕も今日、唐揚げを持ってきたンですよ。よろしかったら召し上がって頂きたいと思いまして。」

 訥々と言う。久々に声を発した、という塩梅。喉が乾いているのだろう、掠れてもいる。今日はそんなに空気が乾燥していたっけ。体格がいいと汗を掻きやすいと聞く。その所為だろうか。茶の支度をする私の手が速まった。

「その紙袋……もしかしたら僕の店のものかも。」

 呟くように言った男。何時の間に立ち上がったのだろう、こちらを伺っている。やはり落ち着かないのだろうか。もしかしたら抱えている秘密の大きさに動揺しているのかもしれない。そうだといい。実に興味深い。また売れる話が書けるかもしれない。

 男から目を逸らす。私は二つの理由で微笑んだ。気を緩めたら肩を揺すって笑い転げてしまっていただろう。急須の耳を握る指先に力を入れ、なんとか耐える。そしてようやく男の手元の袋に目をやった。私の視線に応えるように紙袋を探り始めた男。中から更にもうひとつ、紙袋を取り出す。豚のマークが入った白 い紙袋だった。なぜ袋を二重にしているのか。そんな疑問を余所に、大げさに目を見開いてみせる。


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