還らざる日々〜last〜-1
今日は聡美の専門学校生として最後の日であり、社会に羽ばたくための記念日だ。
同じ専門学校グループが入るビルの2階が、各種イベントを行う多目的ホールで、入学式もここで行われた。
2年前、彼女と同期で入学したのはちょうど100名。そして、今日を迎えた者は80名あまり。
彼女にとっては、まさに〈やり遂げた〉という思いだった。
ホールの窓は、ブラインドがかけられて薄暗い。
生徒達は皆、白衣に身を包み、燭台に乗せたキャンドルを持ってステージ上に整列している。
その光景は、一種、厳粛な雰囲気を醸し出していた。
ステージ下の観覧席には、前列に教員達、その後を保護者達が式の開始を待ち侘びる。
もちろん、聡美の母親も田舎から駆けつけて、娘の晴れ姿を見つめていた。
更に、その後ろの壁にもたれ掛かるように一生の姿があった。
彼女の卒業式を胸に刻み付けようと、この日も会社を休んでいた。
式が始まった。学長とおぼしき者が、ひとり々の名前を呼び上げる。
呼ばれた生徒は、学長の前に立ち頭を垂れる。
学長が生徒にナースキャップを着け、卒業証書を手渡す。
新たな看護師が生まれる。まさに〈戴帽式〉だ。
一生は柔らかな顔で、ジッと、この光景を眺め続ける。
聡美の番が来た。薄暗さからその表情はうかがい知れない。
ナースキャップを着けてもらい頭を上げる。学長が何やら話掛けているが、その時間が他の生徒に比べて長く感じられた。
全員の〈戴帽式〉を終えると、ブラインドが開かれた。
生徒達を祝福するように、一気に光が射し込む。
薄暗さに慣れていた一生は、眩さを覚えた。
学長がおごそかに最後の言葉を述べ始める。
「皆さん。卒業おめでとうございます。
2年間の学業。皆さんの中には親元を離れ、働きながら学校を続けてこられた方もいらっしゃる事でしょう。
非常な苦難だったと、想像にたえません。
しかし、これまでの出来事より、これから進まれる道での出来事の方が遥かに艱難辛苦を伴います。
どうか、その事に負けずに生きて行って下さい。
学長としてというより、人生の先輩として、皆さんを送る挨拶の言葉に換えさせていただきます…」
学長が頭を下げると同時に、ホールの生徒達や保護者席から大きな拍手が鳴り響いた。
一生もつられて拍手をする。ふと、聡美を見ると、俯き、目元をハンカチで押さえていた。
ひと足早く学校を出た一生は、聡美達親子が出て来るのを待っていた。
足元にはタバコの吸い殻が幾つか落ちていた。なかなか姿が見えないためか落ち着かない。
今まさに4本目に火を着けようとした時、聡美と母親が姿を現す。
一生はタバコを収め、ゆっくりとした歩調で彼女達に向かった。