還らざる日々〜last〜-11
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「ハァ、今日も疲れた…」
〇〇の従業員口から出てきた尚美は、ため息混じりに肩を揉む。今日も遅くなってしまった。
繁盛期のため、いつもより忙しい。
その上、売上の集計や在庫の確認など、閉店した後も何かと気忙しい。
結局、今日も会社を出たのは8時半を過ぎてだった。
(明日は休みやから、ゆっくり寝てよう)
彼女は帰りのバス停に足早に向かっていた。その表情は、仕事以外にも疲れてる様子だ。
先日、聡美が実家に帰ったと聞かされてから2日後、一生に連絡を取ろうと会社に電話すると、彼は辞めたと聞かされた。
すぐに自宅に掛け直すが、全く捕まらない。尚美は一生に会って直接、質したい事がいくつもあった。
〈聡美との事、会社を辞めた事、そして、自分をどう想ってくれているのか〉を。
バスが来て尚美は乗り込んだ。
すぐ脇を何台ものクルマが流れて行く。1台のタクシーが、バスのそばにゆっくりと止まった。
彼女は何気なくバスの中からそれを眺めていた。
次の瞬間、その光景に目を奪われ、胸の鼓動が激しくなった。
一生と聡美が乗っていたのだ。
「降ります!降ろして!」
一旦、閉めたドアをバスの運転手が開けた。尚美は駆け降りるとタクシーの前を遮ろうとする。
だが、一瞬早くタクシーは走り出して〇〇へと消えていった。
一生と聡美は〇〇のバー〈お〇ゃれ〇棒〉を訪れた。
ここはビルの5階にあり、カウンターの向こうがガラス張りで、その向こうに河が見える。
周りのイルミネーションが水面に映り、幻想的な雰囲気を醸し出している。
一生のお気に入りだ。
彼はワイルド・ターキーのロック、聡美はカクテルで乾杯した。
彼はグラスの1/3程を一気に飲んだ。聡美はわずかな量を。
一生は一息ついてポケットからマールボロを取り出し火を着ける。
煙が淡い照明に映し出され、ゆらゆらと漂う。
「明日、何時に?」
「うん…10時40分の飛行機」
「そうか…」
一生は、おもむろに内ポケットから何かを取り出し、聡美の前に置いた。
それはリング・ケースだった。
聡美は目を見開いた。
「何、これ…」
「…指輪だ。オマエが卒業したら渡そうと思ってた。必要ないなら捨ててくれ」
カウンターに聡美の涙が落ちる。
一生はそこから何も語らず、グラスを傾け、夜の河をずっと眺めていた。