還らざる日々V-3
「ただいま…」
一生は玄関を上がり、キッチンを抜けてリビングへと向かう。
そこでは、母親がテレビを観て寛いでいた。
帰って来た一生に、母親は呆れ顔で語気を強める。
「全く!何処ほっつき歩いてんのアンタは。土曜の夕方出てった切り日曜の夜まで帰らずに…」
一生は黙って居間に座ると、母親の顔を見ようともせず、テレビを眺めてタバコに火を着けた。
「仕事だった。初めて任されたんだ。それが、上手くいかなきゃ泊まり込みもするさ…」
煙を吐き出す一生の横顔を、母は驚いたような表情で見た。
「そうなの…大変だね。体、壊さないようにね…」
「これからしばらくは、休みも関係ないからな…」
母親は初めて見た。いつも楽天的だと思っていた息子が、仕事で悩んでいる姿を。
一生は〈じゃ寝るから〉と母親に告げると、ビールを持って自室へと引き上げた。
部屋着に着替え、ベッドに腰掛けるとビールを傾け喉を鳴らす。
半分程を飲んでビールをテーブルに置き、〈フーッ〉と息を吐いた。
頭を垂れ、焦点の合わないまま床を見つめる。心の中で焦りを感じていた。
残りのビールを飲み干し、明かりを消してベッドに横になる。
疲れてはいるが、なかなか寝就けない。
聡美の事だ。仕事や尚美の事は何とかなる。しかし、彼女とはどうしようもなかった。
頭では分かっている。だからこそ彼女から相談された時、〈いってこい〉と言ったのだ。
だが、彼女とこれきり会えなくなると考えると、胸が締め付けられる思いだった。
いつの間にか一生は閉じた目を開き、真っ暗な天井を睨んでいた。
〈全てを捨てて彼女と暮らしたい〉
改めて聡美への想いに一生の心は揺れていた。
───
卒業を間近にひかえ、聡美達は学校での授業はほとんどなく、指定の総合病院に入って実習に勤む毎日を送っていた。
先日の一生との出来事から、ひとりでいると哀しみが増すばかりなので、彼女にとって実習は気を障らすのにちょうど良かった。
「聡美。最近、以前にも増して一生懸命にこなしてるね。
いよいよ卒業が近いから無理もないけど…」
昼休み。実習に来ている数名の同期生とゴハンを食べている最中、談笑しながら声が掛かる。
聡美は柔らかな笑顔を見せると〈ありがとう〉と返すのだった。