還らざる日々V-13
夕方5時半。一生の会社の正面玄関から少し離れた場所に、1台の黒いスクーターが停まった。
茶色のライダース・ジャケットにジーンズ。
黒いジェット・ヘルのシールドはスモークが掛っており、顔は分からない。
だが、その体躯の細さから女だと解る。彼女はヘルメットのシールドを上げた。
尚美だった。
ポケットからタバコを取り出し、口にくわえて火を着ける。
彼女は腕時計を見た。広渡の話が本当なら、もうすぐ一生は出て来るはずだ。
尚美はスクーターのエンジンを掛けた。
一生はヘルメットを被ると、バイクで会社の正門を抜けて一般道へと出て行った。
彼のミラーには黒いスクーターが映し出されていた。だが、彼はそれが尚美だとは知る由もなかった。
一生のバイクを追って行く。が、相手のバイクは250cc。対して彼女は50cc。しかも、たまにしか乗らないので運転は上手くない。
尚美は徐々に遅れだした。10メートル、20メートル、30メートル。曲がり角に差し掛かる度に見えなくなっていく。
ある角を曲がった後、一生のバイクが完全に見えなくなった。
尚美は焦り、スクーターを停めて辺りを見回した。
すると、道ぞいに大きなスーパーがある。彼女が近寄ると、その駐車場に一生が乗っているバイクが見えた。
尚美はゆっくりスクーターを動かし、一生から見えない場所でスーパーから出てくるのを待った。
タバコを吹かしながら待つ。
彼女は自分の行為に〈吐き気〉を覚えながらも、それを抑えきれなかった。
2本目のタバコを地面に落とし、靴で踏み消した時、一生がスーパーの袋を持って出てきた。
彼はそれをリュックに詰めると、スーパーを出て走り出した。
尚美もやや遅れてスクーターを走らせる。〈今度は遅れず追いて行こう〉と、かなり飛ばした。
だが、遅れるほどの距離を走らなかった。時間にして5分くらいか。
バイクは路地へと曲がった。尚美は路地の前で路肩に寄せて停まる。
ここからは後を追うと、音でバレる可能性がある。だから、一旦距離をとって音を頼りに追いかけた。
一生が向かったと思われる方向にスクーターを走らせる。
すると、近くからバイクのエンジン音が聞こえてやがて消えた。
これは、一生がエンジンを止める時のクセで、ギアをニュートラルにした後に、一瞬アクセルを大きく吹かしてからエンジンを切るのだ。
もちろん、彼女は知っていた。
スクーターのエンジンを切り、押しながら音のした方向に歩くとアパートの駐車場に出た。