還らざる日々U-5
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「浅井君。ちょっといいかな」
現場で機器のデーター取りに勤む一生を、課長の小門が声を掛けた。2人は2階の奥にある会議室へと向かった。
会議室に入ると、小門は席に座るよう促して自身も腰掛けた。
彼は、おもむろに1枚の紙きれを取り出すと一生の前に置いた。
それは、彼の企画で導入された機器の稼働データーだった。
小門は、どう切り出そうかと迷いながらも問掛ける。
「最近、能力が落ちてきてるんだ。このままじゃ、計画値を下回るおそれがある。何か原因があるのかね?」
一生は苦い顔を見せる。
「なかなか数値が安定しないんです。かなり調整はしてるのですが、わずかな変化にも過敏に反応するんで…」
「…そうか…」
「そこでと言っては何ですが、課長にお願いがあります」
「…なにかな…?」
「どこか、休みの日に大規模なテストをやりたいのです。現行の調整だけではジリ貧です。
そこで、様々なシステム・チェックと設定変更による成績係数の変化をデーター取りし、後の運用に役に立てたいのですが…」
一生の依頼に小門はフーッと息を吐いた。
「それは、来月にならないと無理だな。それに君は最近、休みの日にも会社でデーター・チェックしているらしいな。
少し根を詰め過ぎじゃないか?
自分で初めて手掛けるから一生懸命なのは分かるが、そのために視野が狭くなってるかもしれんぞ。
少し周りに相談してはどうだ?」
ひと言々が一生の胸に刺さる。
彼にも分かっていた。責任者という思いから、周りに一切頼らなかったのだ。
小門は、それを見抜いて救いの手を差し伸ばし、助言をしてくれているのだ。
だが、それは彼にとって屈辱的な事だった。
「すいません。つい、夢中になりすぎて…これから気を付けます」
そう言って小門に頭を下げた。それは、思いとは真逆の行動だった。
「ところで、最近、何かあったのかね?顔は痩せて白いし…ちゃんと体調管理しているのか?」
聡美との出来事が甦る。俯いた一生の表情は固く、唇を真一文字に結んだままだった。
「いや、言いたくなければ良いんだ。ただ、体調が悪そうに見えたからな。それが…社内問題なら相談に乗ろうかと思って…」
小門は取り繕いの言葉を並べた。
一生は笑顔を作る。
「…会社での問題じゃありません。ご心配いりませんよ…」
「分かったよ。じゃ、仕事に戻ってくれ」
彼は席から立つと、小門に一礼して会議室を出て行った。
小門はドアーが閉まるのを確認すると、タバコを取り出し火を着けた。
その表情には、落胆の色がありありと映っていた。