還らざる日々T-9
───
「ちょっと出てくるから…」
土曜の夕方。一生は玄関で靴を履きながら、居間にいる母親に伝える。
「何?また遊び」
靴を履き終え、ヘルメットとグラブを抱えて一生は振り向いた。
「晩メシは要らんから…」
それだけ言うと、バイクで出掛けて行った。
道中、一生は先日、会社に掛けてきた電話の意味が何なのか、思考を巡らしていた。
アパートに着いて部屋の入口まで来たが、結論は出なかった。
チャイムを押そうとして、一生は躊躇った。
〈考え事をしたままの顔で会ったら、変に思われるな〉
彼は気持ちを切り換えてからチャイムを押した。
〈ハ〜イ〉という声と共に玄関ドアーが開いた。
「ヨッ、来たぞ」
笑顔の一生を見た聡美の表情が曇る。が、それも一瞬で、すぐに明るく迎えた。
「待ってたのよ!スッゴい久しぶりだね」
部屋に上がり込む。前に来た時よりも、看護関連の本が増えているのが目につく。
そして、片隅には真新しい看護服が掛けてある。
「そうか。あと1ヶ月で卒業だもんな」
一生の言葉に聡美はやや躊躇した表情を見せた。
「う、うん。…あっという間の2年間だった…」
コーヒーの入ったカップを一生に渡す。コタツに入り、しばらく会えなかった間のお互いの近況を語り合う。
彼女は最初、はしゃぐように学校の話やバイトの話を楽しげに語っていた。
一生もそんな聡美を見ながら、つられたように笑顔で話しかける。
しかし、段々と彼女の口数は減り、笑顔も消えて最後はおし黙って俯いてしまった。
不安が一生の頭をよぎるが、あえて何も訊かなかった。
彼は一転、声を弾ませた。
「出掛けるぞ!」
聡美は顔を上げ、彼の顔を見た。
「…エッ!?どこへ」
「遊びにだ!さあ、着替えて。オレ、外で待ってるから」
一生は部屋を出た。聡美は慌てて立ち上がり着替えだした。
そこは、聡美のアパートから10キロほど離れた場所だった。