還らざる日々T-8
───
一生が奇妙な三角関係を続ける中、彼の会社での評価は著しく上がった。
3ヶ月前、会議で企画した事案が採用され、一生は責任者に任命されたのだ。
そのため、導入する機器を設置させるための工事業者との折衝や工事の立ち会い。並びに機器設置後の試運転や運用後のデータ収集など全てを任された。
それも現状の業務をこなしながらなので、一生は以前にも増して会社にいる時間が長くなった。
だが、不思議と疲れはなかった。
むしろ、〈自分の意見が具体化され、それに関わってる〉事に喜びを感じていた。
彼にとって、こんな充足感は初めてだった。
そんな状況が続き、2月の末を迎えたある日。
今日も誰も居ない事務所で、1人、夕食を摂る一生。
ここ、ひと月、彼は自宅に寝りに帰るだけの状態が続いていた。
忙しく店屋物をかき込むと、すぐにパソコンのキーボードに向かい始める。
その時、電話が鳴った。時刻は午後8時を指している。
〈どうせ尚美だろう〉と一生は受話器を取った。
だが、受話器から聞こえた声は意外にも聡美だった。
「珍しいな。会社に掛けてくるなんて。何かあったのか?」
「うん…お母さんに聞いたらまだ会社だって…それで…」
「ああ、ここ1ヶ月くらいは10時くらいまで会社だな」
「…そっか……」
一生は彼女の反応に不安を覚えた。
「おい、何があったんだ?」
「………」
「オレに聞いて欲しい事があるから電話してきたんだろ?」
聡美の声は、今にも泣き崩れそうだった。
「…今度、…いつ会える?」
一生は間髪容れずに答える。
「明日は?土曜日に行くよ」
しばしの沈黙の後、聡美は答える。
「…分かった。…待ってる」
そのひと言だけで電話は切られてしまった。
何ともいえない不安感を募らせ、一生は受話器を戻した。