還らざる日々T-3
「こちらは三〇の鶯の吟醸にコケモモの実を漬けたヤツで、女性に人気の品です」
尚美はグラスを覗き込む。
グラス自体のカッテングと暖色照明が相まって、ピンクの濃淡が模様のように浮き上がっている。
「ヘェ、これが日本酒?なんだか色や香りが全然違う」
「違う。これが本来の日本酒だ」
尚美は不可解な表情を見せた。
「どういう意味?」
「まあ、飲めば分かるよ」
2人は〈カンパイ〉とグラスを合わせ口元へと運んだ。その途端、尚美は驚きの声を上げた。
「何これ、日本酒?」
彼女の表情の変化を一生は楽しみながら、
「そう、これが米だけで作った日本酒の味なんだ」
満足気に自分もグラスを傾けた。
「なんや優しい味やね。ス〜ッと入ったわ。これやったら何杯でもイケるわ!」
「いくのは構わないが、程々にしとけよ。後がキツイから」
「そしたらアンタが介抱して」
尚美の一言に、一生はしかめっ面を見せた。
「またオレかいな!オマエ、最初の時もオレが助けたったんやど」
一生のリアクションに、尚美はケラケラと笑っている。
「だから、そもそも、そういう運命なんよ。私ら」
「なんじゃい、そら…」
一生もかなりアルコールが回ったのか、喋りが関西弁に変わった。
2人は、楽しげにグラスを傾けるのだった。
───
「じゃ、どうも」
一生は尚美の身体を支えながら店を後にした。
自身もかなり酔ったのか足元がフラついてる。
2人が〈た〇き〉に入って、2時間が経とうとしていた頃、一生は5杯目まで飲んだ後は水を飲んでいた。
自身、〈これ以上は危ない〉とブレーキを掛けたのだ。
対して尚美は、一生が再三、注意しても聞かずにブレーキ無しに飲み続けた。
いつしか、カウンターに伏せるように頭を乗せている。
〈やれやれまたか〉と一生は思いながら、口元は笑ってる。
その時、彼女がバネで弾かれたように起き上がった。
一生はすぐに事態を呑み込んだ。
「スマン。トイレは?」
店員からトイレの場所を聞くと、彼女を抱えるようにして奥に連れて行った。
かくして一生は尚美の話通り〈介抱させられる羽目〉となったのだ。
通りでタクシーをつかまえた一生は、バックシートに彼女を押し込むと自身も乗った。
「…運転っさん、〇〇まで…」
タクシーはゆっくりと路肩を離れ、本線を走りだした。