還らざる日々T-12
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疲れた身体を引きずるように尚美はアパートに帰ってきた。
玄関を開け、真っ暗な部屋を手探りで電気をつける。
青白い明かりの下、ため息を付きながら、ショルダーバッグを隅に置いて床にへたれ込んだ。
入学、就職シーズンを迎えて彼女の勤める靴屋は、ただでさえ客足が多いのに土曜日という事もあって、対応しきれない程の盛況ぶりだったのだ。
朝から晩まで食事を摂る事もままならず、彼女にすれば気を抜く暇も無かった。
疲労とストレスはピークに達していた。
やっとの思いで我家に帰り着き、〈もう何もしたくない〉とベッドに倒れ込む。
夕食も買置きのカップ麺で済ませ、シャワーを浴びてさっさと寝たい思いだった。
だが、この溜まりに溜ったストレスをぶちまけたい、という衝動に彼女はかられた。
ベッドを起きると、受話器を取ってダイヤルを押した。
しばしのコール音の後〈ガチャッ〉と音がする。
電話に出たのは一生の母親だった。
「ハイ、浅井ですが…」
「夜分すいません。都田ですが…」
「一生でしょう。それが、夕方から出掛けてるのよ」
「…そうですか……」
「夕飯は要らないって行ってたから遅いと思うわよ。何か伝言なら……」
「いえ…夜分すいませんでした」
尚美は、それだけ言って受話器を元に戻した。
「あのバカ…なんで居てへんねん…」
湧き上がる怒り。尚美はむしるように着ている服を脱ぐと、シャワーを浴びにバスルームへ向かった。
熱いシャワーを浴びれば少しは気持ちが和らぐかと思ったが、そんな事も無く、身体や髪を洗う指にはいつも以上に力が入る。
シャワーを終えて彼女は下着姿のままキッチンへ向かい、ガスレンジにヤカンをかけて戸棚からカップ麺を取り出した。
(全く…私ばっかり…)
尚美はカップ麺をテーブルに置いた。
そして、部屋に戻るとパジャマ代わりのシャツとジャージを着込んだ。
春先のためか、夜はまだまだ寒い。
沸いたお湯をカップ麺に注ぎ、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
一気にビールを飲み干し、カップ麺を夕飯代わりに摂った。
ふいに、ため息が漏れる。
食べ終えた尚美は、空になったカップやビール缶をテーブルに残して、灯りを消すとベッドに潜り込んでしまった。