還らざる日々T-7
「私って、看護師の才能ないのかなぁ…」
横でテレビを見ていた一生は驚きの表情を浮かべた。
彼女から愚痴らしいモノを聞いたのは初めてだったからだ。
いままでキツい目に会いながらも、彼女は黙ってやっていた。
その彼女が言うのだからよほどの事だろう。
一生は訊いた。
「何か、学校でイヤな事があったのか?」
聡美は頭を垂れたまま、病院での実習であった事を一生に聞かせる。
「その時に思ったの。周りが見えずにやっていた自分の情けなさに……」
聡美の話を聞いた一生は、ポケットからマールボロを取り出すと、1本くわえて火を着ける。
そして、ゆっくりと深呼吸するように煙を吐き出して口を開いた。
「あのなぁ。そんなの当たり前だろう。最初から上手く行くんだったら実習なんか必要ない。
実習っていうのは、失敗しないための練習みたいなモノさ」
一生は一気にまくしたてると、再びタバコを口元へと持っていく。
聡美はまだ俯いたままだ。
「オレも社会人になって3年目だが、最近やっと仕事をやってるって実感が持てるようになった。
最初の年なんか〈トライ・アンド・エラー〉の連続だった。やる度に先輩から怒られた。
そして、そんな役に立たない自分に腹を立てた。
そして半年、1年、2年と勤めるうちに、徐々に怒られる回数も減ってきて、やっと一部を任されるようになった…」
聡美は顔を上げ、一生の話に聞き入っている。
「だから、皆んな失敗を積み重ねて上手くなるモノなんだ。
逆に最初から上手くやろうなんておこがまし過ぎるんだよ」
一生は、口元に笑みを浮かべて聡美を見た。
先ほどまで見せた落胆した顔は消え、少し笑顔になっている。
「そう、その笑顔だ。言われた事をいちいち気にして落ち込んでて、その顔見た患者さんは、どう思う?だからいつも笑ってろ。なぁ」
聡美は頷くと、笑顔を見せた。泣いていた子供が笑った時のような泣き笑いの作り笑顔だった。
「私、頑張るよ。まだまだ考えが甘かったね」
「そんな事ないさ。お前は頑張ってる。ただ、嫌なことを溜め込みやすい性格だからキツくなるんだ。
イヤな事があったら、今みたいにオレに言え。そうすれば楽になる…」
「でも…スッゴい一杯有るわよ」
少し困ったような顔をする聡美。それを見た一生は柔らかい表情で言った。
「構わないよ。何でも良いから口に出せば気持が収まるだろ」
ハンバーガーを食べた聡美は、そそくさと出掛ける用意をしてアパートを出た。一生も一緒だ。