還らざる日々T-10
仕事を終えて自宅に帰り着いた後も、一生のホオは緩みっぱなしだった。
さすがに母親の前では平静を装ってはいたが、いつになく上機嫌であるのを母親は見抜いていた。
一生は〈この事を聡美に知らせたい〉と思った。
すぐに彼は電話の子機を持って自室へと向かった。
ダイヤルを押してからしばらくのコール音が、やけに長く感じられる。
「はい。…竹本です」
いつもの聡美の声。思わず嬉し気な表情に変わる一生。
「ようっ!」
「どうしたの?そっちからの電話なんて久しぶりじゃない」
「ちょっとな。お前こそ電話に出るのに時間掛ったな…」
「シャワー浴びてたの。だからバスタオルを巻いたままなのよ…」
一生は会社での提案した事や会議の内容をざっくばらんに彼女に伝えた。
聞かされた聡美も声が弾んでる。
「良かったじゃない!自分じゃどう?認められたって感じ」
「どうかなぁ…、ただ承認してもらえば責任持って面倒見るよう言われたからなぁ。大変だろうな」
「でもそう思ってないでしょ?」
一生は顔が赤らむのを感じた。
何だか彼女に見透かされている感じだ。
「まあな。やるからには絶対に失敗させないと思ってるよ」
「…一生、何だか頑張ってるね。私、置いてかれたって感じ…」
「バ〜カ。オレはここまで来るのに3年掛ったんだ。オマエはこれからだって前も言っただろ」
「そうだった。…今、出来る事を一生懸命やらなきゃね」
いつの間にか聡美を励ます電話にすり変わっている。
「企画が通ったら、今度2人でお祝いしよう。また連絡するよ」
「分かった。またリクエスト考えとくから」
会話を終えて子機の切りボタンを押すと、自室を出て子機を元に戻した。
「今夜はやけに御機嫌やねぇ」
台所で夕飯の用意をしていた母親が訊いた。
「ああ、ちょっと会社で良い事があってね。ところで風呂は?」
「沸いてるよ」
「じゃあ、先に入って晩メシ食うよ」
一生は鼻歌混じりに風呂場へと向かった。
湯船に浸かり顔に湯を被りながら、頭の中では自分の提案が通った場合のシミュレーションを繰り返していた。