還らざる日々〜Prologue〜-8
「ごめんなさい!自分が誘っておきながら」
そう言って深く頭を下げ、手を合わせる。
だが、そんな仕草も今の一生には目に入らない。
「理由は?」
一生は冷たい口調でそう切り出した。
その途端、尚美はそわそわとして落ち着きが無くなった。
話を遮るようにウェイターが注文を取りにきた。尚美はミルクティーを一生は再度コーヒーを頼んだ。
尚美が困った顔で口を開く。
「あの…言わんとダメ?」
「オレは君の誘いでココに30分間待ってた。理由くらい教えてくれるのは当然だろう」
尚美は顔を赤らめ、俯いたまま小さな声で答えた。
「…あの…服を着替えててん」
「どうして?」
「…その…初めてやから、1番良い服を着ててん。したら、出掛けにお茶こぼして…」
一生の口元に笑みが浮かぶ。
「どんな服?」
尚美は急に顔を上げると、嬉しそうな表情を見せた。
「あんな!花柄のロング・スカート」
そう言ってまた俯いてしまった。
「…やってんけど…」
一生には、尚美の猫の目のように変わる表情と感情が新鮮でもあり、滑稽に思えた。
確かに電話でスカートとか言っていたが、今のタイトジーンズにボーダーシャツもファッショナブルだし、何よりストレートのロングヘヤーが映えている。
一生は席を立つと笑顔で言った。
「ヨシ!じゃあ行こう」
「エッ…?」
「エッじゃないよ。ライブハウスに行くんだろ?」
「……ウン!」
尚美はクシャクシャにした笑顔を見せて、勢い良く席を立つと、一生と共に喫茶店を後にした。
───
〇〇通りを〇〇方面に向かうと、小さな雑居ビルがある。
周りにも同様のビルが立ち並ぶため、遠目には目立たないが、1階の入口に白地のテント屋根がドーム状にせりだしている。
屋根には黒字で〈〇〇〉と書かれていた。
一生が〈〇〇〉と関わりを持ったのは、中学2年の春だった。
当時、付き合ってた彼女がココの常連だった。その娘は〈チュ〇〇ッ〇〉のファンだった。
彼ら以外にもたくさんのアーティストを輩出している〈〇〇〉の存在は一生も知っていたので、その後、よく来ていた。
しかし、中学卒業と同時に彼女とも疎遠となり、いつしか〈〇〇〉からも遠のいていた。