還らざる日々〜Prologue〜-3
彼女との出会いは共通の友人からの紹介だった。
一生の中学時代の同級生が同じ専門学校に通っていた。
最初、一生は乗り気ではなかった。
ただ、男の方から断るのは失礼だと思ったので、2〜3度会って断られるようにすれば、彼女を傷付けずに済むだろうと考えていた。
だが、聡美と会い、彼女の事を知る度に一生はどんどん惹かれてしまい、彼の方から交際を申し込んだのだ。
「もしもし?」
聡美の声で、一生は現実に引き戻される。
「ああ、考え事をしていた。オマエの声が1番癒されるなぁ…て」
受話器の向こうが無言になった。
「明日、夜にアパートへ行くよ!そうだな…いつものスーパーでロースカツと野菜を買って」
〈待ってるから〉という聡美の言葉で一生は電話を切った。
部屋を出て子機を元に戻すと、彼は思い出したように風呂に入った。
湯船に浸かりながら顔はほころんでいた。
風呂から上がり、キッチンに向かうと、再び母親から声が掛かる。
「また電話があったわよ。今度は都田さんて女の子」
「都田…なんて?」
「風呂だって言ったら、また電話するって」
注がれたご飯を受け取りながら、一生は考えていた。
(アイツとは会社での電話で用事は済んだと思ったがな…)
時計を見ると、午後10時を少し回っている。
(この時刻じゃ今日はもう無いだろう)
かき込むように夕食を摂っていると、再び、電話が鳴りだした。
〈きっと都田さんからよ〉と言う母親の言葉に、一生は飲んでいた缶ビールと子機を取った。
「アンタ、あれこれ手ぇ出すんじゃないのよ」
自室へ向かう一生の背中に母親の声が掛かる。
彼はぶっきらぼうな口調で〈分かっとる〉と言って部屋に入った。
「ハイ、浅井ですが」
「アーッ、やっと出てくれた!こんな遅くにゴメンなさい、どうしても今日、話したくて」
「どうした?」
「………れへんかな?」
あまりの小さい声のため、一生は聞き取れなかった。
「聞こえないよ。もっと大きな声で言ってくれ」
「もう1回…会われへんかな?」
一生は言葉に詰まった。
確かに彼女と飲んで楽しかった。それに誘ったのも自分だ。
しかし、それほど意識してなかった。
それに、自分には聡美がいる。
しかし、会社の電話で言った手前、断るのは失礼だ。