還らざる日々〜Prologue〜-13
タクシーに乗って帰る最中も、尚美は口を開かない。
そして、彼女のアパートが近づいて来た。
そろそろ着くという時、尚美の手が一生の手を握った。アパートのそばにタクシーが停まる。
尚美だけでなく、一生もそこで降りた。
「あの…今日はありがとう。お茶でも飲んでく?」
一生は一瞬躊躇したが、頷いて尚美の部屋へと付いて行った。
彼女の部屋は3階の1番奥だった。
部屋へと入る。聡美の部屋と似た間取りだが、靴箱上の沢山の置物やドアーに掛けられた可愛らしいプレートなど、聡美の部屋よりも華やかさが垣間見える。
奥の部屋へと通された。
「ちょっと待っててね、すぐ持ってくるから」
尚美はそう言うとキッチンに消えた。
一生は腕時計を見た。
(午前1時か…この辺りじゃタクシーはいないだろうな)
彼女の部屋を見回した。カラフルなカバーが掛けられたベッド。
真っ白なテレビとスタンド。本棚の下段には十数冊の文庫本にファッション雑誌、上段には数々のぬいぐるみ。
壁には数枚のポスターが貼られている。
実に女の子らしい部屋だ。
「コーヒーやけどエエかな?」
尚美がトレイにカップを乗せて戻ってきた。
〈ありがとう〉と言って一生は片方のカップを受け取り、コーヒーをすすった。
少し薄目のコーヒーだが、酔った身体にはちょうどよかった。
「ソコにあるのが例のスカートか?」
一生は親指を立てて後ろを指した。クローゼットそばの床下に、カラフルな白い布が雑多に落ちている。
尚美は顔を真っ赤にしながら、慌ててそれをクローゼットに押し込んだ。
「もう!イヤヤ、見んといて」
一生はコーヒーをすすりながら笑った。
「まあまあ、また今度着て来たらエエがな」
「エッ、それじゃ…」
一生は尚美の目を見ながらにっこりと笑った。
「オレもキミのスカート姿を見たい。だから、次は頼むで」
そう言ってカップのコーヒーを一気に飲み干した。
この時、一生の頭から聡美の存在は消えていた。
「もう1時半やで。オレ帰るわ」
「エッ?」
「じゃあな」
一生は立ち上がると、玄関へと歩き出した。
玄関で靴を履く一生を見送る尚美は、彼のシャツの裾をちょっと引っ張っていた。
一生は黙って靴を履くと、裾を掴んでいる手を握りゆっくりと離した。
尚美は何か言おうとしたが、彼の右手がそれを遮った。
「またな。電話するわ」
そして玄関を出ると、階段を降りて自宅へと向かった。
「こりゃ1時間じゃ着かへんな」
そう言って夜空を見上げた。街で見た夜空と違い、満天の星がキラキラと瞬いていた。
こうして、彼にとって奇妙な三角関係が始まった……
…「還らざる日々〜Prologue〜」完…