還らざる日々〜Prologue〜-11
「ヘェ〜ッ。こんな旨いの初めてや」
一生も食べながらウンウンと頷いている。
「でもさ…この店って分かりずらい場所やね。結構〇〇に来とるの?」
「たまにな。ここは道に迷って、入り込んだ時に見つけたんだ。
まぁ、〈怪我の光明〉って言うやつだな…」
「兄ちゃん達は学生さんか?」
当然、一生の隣に座るサラリーマン風の男から声が掛かった。
尚美は瞬間、身を硬くしたが、彼は慣れているのか、微笑みを浮かべて男に答える。
「いえ、勤めてますが」
一生は答えながら、そのサラリーマン風の男を観察した。
浅黒い顔に分厚い唇、太い眉毛。髪は7:3にキチンとセットしているが、かなり白いモノが混じっている。ややくたびれたグレイのスーツ姿だ。
「ほーか。キミらみたいな若っかいコを、この店で見るんは初めてやし、関西弁が聞こえたさかい…つい声、掛けてしもたんや」
「そうですか。ところでオジサンも関西ですか?」
「和歌山や。博〇に来てから普段は使わんよう気ィつけとるんやけど、飲むと、つい出てまうんや…」
「転勤…ですか?」
一生がそう訊くと、男はコップのビールを一気に飲み干した。
「単身赴任や。こっちじゃ〈博チョン〉言うらしいなぁ」
「ハクチョン?」
「〈チョンガー〉て、独り者って意味やろ。せやから、博〇で独り者を縮めて博チョンや」
「オジサン家族は?」
尚美が割って入る。会話に入りたかったのだろう。
「娘2人と嫁ハンが和歌山におる。上の子は君らと同じぐらいの大学生や」
男はパスケースから1枚の写真を取り出すと、一生と尚美に見せてくれた。
大学生と中学生くらいの娘、それに奥さんが笑顔で写っていた。
男との3人での会話は、小1時間くらい続いた。
一生達は帰り際、男から名刺を貰った。名刺には〈伊藤商事 九州支店 課長〉と書かれていた。
「でも、おもろいオッチャンやったな!」
店を出た尚美は、今しがたの出来事にはしゃいでいた。
「そうや。あんな一流企業の人とも、仲良うなれるのが酒飲みの楽しみやねん」
酔った一生は関西弁で尚美に答える。
「でも、最初はビックリしたわ!いきなり絡んで来るんやもん」
「ちょっとビビってたもんな」
一生は少し笑った。そして両手を高く上げて伸びをすると、空を見上げる。
両端はらせりだす軒のすき間からわずかに夜空がうかがえた。
明かりために、さすがに星は見えないが雲ひとつない夜空だった。