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人を殺しました
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人を殺しました-2

――人を殺しました。
 その日の内に自首した彼の姿に警察共は唖然とする。脆弱そうな未だあどけない10歳の外見とあまりに不釣り合いな赤。衣服や顔の原形が見あたらない程のものであった。鮮明な赤が幼い彼の小さな顔を躊躇も遠慮もなしに、微かに温もりを残し彼の皮膚を這う。
 少年は母の居る、否、「母」のある場所へ警察を導いた。彼の「母」は寝台の上で自分の切れた腕をしゃぶりながら全裸で目を見開いていた。その横にはもう一体若い男の死体があったという。
「……君は其の男も殺したの、」
「躊躇いはしたんだ。でもよくよく考えたら、奴もやっぱり馬鹿でしかない訳だから。残念だけれど扼殺させてもらった。社会の為だ。賢明な判断だろう。」
 俺は曖昧な相槌を打ちながらそこに用意されていたファイルを開けてみた。中には彼の資料があった。10歳しか生きていない訳だから、資料の量も少ない。俺はそれを頭の中で読み上げる。名前は長谷川正樹。三歳の頃に両親が離婚。それ以来母親に暴行を受けていたとのこと。所謂、虐待というやつだ。
「……つまり君は能無しの母親と、その母親に騙された馬鹿な男を抹殺することでこの社会に貢献して呉れた訳だ、」
 長谷川正樹は大きく頷いた。そして少し飽き飽きしたように嘲笑した。その顔を見る度に俺は息苦しくなる。而してそのことを長谷川正樹は皮肉にも熟知している。
 微塵の改悛も哀悼も垣間見せない。俺はそんな彼に少しだけ気後れすらする。
「父親が何処に居るのかは知っているンだっけ、」
「知らない。あの女、最後まで教えなかった。きっと会わせたくなかったのさ。俺と父とを。」
 すっかり湯気を無くした珈琲を覗き込みながら彼はそう言った。何気ない一言だが、何気ない一言に思わせようとしているようにも取れる。
「どうしてそう思うんだ、」
 俺は彼の答えよりも,彼の動揺か何かを期待して漫ろ尋ねていた。数秒の間の後にその答えは返ってきた。
「……勘だよ。子供の勘っていうのは当たるんだ。特別子供が頭脳明晰だったからかもしれない。」
「本当に勘なの、」
 そこの所を聞き出せないと俺は何時まで経っても気分良く眠ることが出来ない。長谷川正樹は殊更めく笑ってみせた。その顔が、未だ駄目だよと言っているようだった。
「……どうだかね、」
 俺は答えを知っている。しかし俺たちの仕事は奴らの本心を奴ら自身の口から言わせること。奴らを獣から道徳を尊ぶ人間にしなければ、俺らに報酬は与えられない。その報酬を得るために俺達はこうしてここに居る。
「俺はとっくに知っているんだけれど、」
 思い切って白状してみる。呵責を強いてはならない。自ら呵責を選ばせなければならない。そうでなければ……。
「でも僕にはまだ判らないよ、」
 少年の声に再び俺は眠気を感じた。欠伸をかみ殺して,彼に尋ねてみる。それは俺が一番聞きたかった、しかし掟では聞いてはならないとされる質問であった。
「……まだ許して呉れないの、」
 長谷川正樹は言った。俺は頷いた。先刻の彼よりもずっと大きく頷いてみせた。俺達の、否、俺の影が隔離された時の世界に張り付いて今日も何故か青光りしている。二つは彷彿たる様で、しかし決定的に違う点がある。それが表皮でなく無意識という内蔵であるというのだから、厄介なのだ。
「……許せやしない。判るまで俺は繰り返さなければならない。君は、否……」
――俺はきっと愛して欲しかったんだ
 俺はいつの間にか寝台の上に居た。
 長谷川正樹、それは俺の名である。母を殺し母の男を殺した。以来俺はこの世界を徘徊させられている。否、徘徊している。10歳の俺が温もりに飢えていた自分に気付くまで、自分が如何に愚かであったかに気付くまで、俺は報酬を得られない。魂の死という報酬を。

 悪くない寝心地の寝台の上、俺は女を両サイドに全裸で横になっていた。居心地がいい筈である。とにかく俺は両サイドの緩やかな線を撫でながら、夢を見たり、心地好い苛立ちに似た感情に脳を委ねたり、好き勝手に息していた。
「……起きろ新人。」
 目を開ければ真闇。煙草の所為で視界は曇っているが、青い闇がそこにあることを意識的にも無意識的にも、直接的に知ることができた。そして寝起きの枷が、俺の全身を括っていく……。
 endless repeat……


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