エデン-1
僕の両手には手錠が固く吊されている。僕を取り囲む大勢の記者とそれを追い払う警官。
僕が一体何をしたというんだ?何故僕が捕まらなければいけない?
僕はただ、君を愛していただけなのに…。
◇
彼女が僕の向かいのマンションに越して着たのは、東京で最高気温が38℃を越えた、真夏の夕方のことだった。
黒いサラサラの髪に、細長い手足。僕は一目で恋に落ちた。
25歳、彼女もいなくて趣味はパソコンいじりとゲーム。こんな暑い季節は特に外に出るのが億劫になる。
ゴミが散らかる部屋の中で、休みの日はカーテンを締め切りチャットに没頭する。
仕事では散々こき使われて、認められることもない。やり甲斐、なんて言葉は僕の中でとっくに消え失せていた。
そんな欝屈した毎日の中で彼女に出会った。彼女は僕の天使だった。
なのに、僕がどれだけ見つめても彼女は気付いてはくれない。
いつも、いつも、いつも。僕はベランダ越しに彼女の姿を見つめた。
気付いて欲しい、僕の存在に。こんなに君を愛しているのに…。
「苦しい、苦しいのです…」
心の叫びが口をついて出る。
こんなにも君を想う、僕の心が苦しいのです。
仕事中も、食事中も、トイレに行ってる時も、寝ている時も…何時だって君を愛してる。君を想ってる。
なのに――。
僕は何時ものように双眼鏡で君の部屋を覗く。すると君の部屋には男がいた。僕よりも若い、背が高くて顔立ちのはっきりした男。手を取り合い、部屋に明かりを点すように男に笑いかける君。
双眼鏡を持つ僕の手は震えていた。僕の瞳からは涙が零れてていた。
何故なのですか?こんなにも貴女を愛しているのに。
何故僕に気付いてくれないのですか?
欲しい、欲しいよ。君のすべてが。
君に触れ、君の笑顔を独占して、君と一つになりたい。君と永遠にエデンの世界へ。
◇
職場から電話が繋かってきていた。留守電で何度も上司がまくし立てていた。もう仕事になど興味はない。僕が居る意味がない。
僕はカップラーメンを口の中に放り込みながら彼女の部屋を凝視する。
朝も昼も夜も。貴女の存在を見つめて僕は生き続ける。
もうゲームのキャラクターに恋する時代は終わった。そう掲示板に載せると批判の声が殺到した。こいつらは何も分かっちゃいない。僕は画面の中で飛び交う言葉を嘲った。
『キモい』、『現実に女に相手にされなくてキレたか』と、僕の人格を否定する言葉が並ぶ。
キレたのはお前達だ。何時までも仮想現実世界に魅了され、現実の世界に抜け出せない。
けど、僕は違う。僕は現実に一人の女性を愛しているのだ。
僕の頭の中で彼女は笑う。僕は彼女に微笑み返す。