「意地悪なキスの痕」-1
彼を誰かに紹介する時は、紳士って言いたいぐらいなのに、二人きりになるととても意地悪だ。
俺が嫌がると分かっていて。いや。分かっているからこそ、言葉も指先も、全部意地悪になって俺の事を追い詰めてくる。
「は、ぁ……っ、ン」
思わず大きな声が洩れそうになって、俺はこぶしを握り締めて唇へと押し付けた。
外へ洩れるわけがないと彼は笑うけれど、もしも万が一という事もある。なんてったってここは会社。昼下がりの会議室。
頻度は低い小さな会議室だけれど、確か午後から会議の予約は入っている。
(どうしたって、そそる、とか言うんだろうけど…)
押し付けていただけのこぶしを、少しだけ噛んだ。
会議室で会議以外のことをしている事実に、罪悪感を感じているのは俺だけなんだろう。
俺の直属の上司である彼が鍵を所有しているのだし、きっと罪悪なんて塵もなくて、ただわざと俺を追い込んで楽しむ為だけに、この場所を選んでるに違いない。
嫌だ、と言いながら何度もこの場所を使っていて、何度も彼の相手もしている。俺だっていい加減学習していた。
「ね…、もう……、戻らないと怪しまれちゃいます…」
「怪しませればいいだろ。二人は出来てるんじゃないか、って」
(そんな事、貴方が一番困るくせに)
「大体、こんな半端なままでいいのか?」
「っ…」
巨大な机の上に腰掛けている俺のズボンのジッパーを下げて、彼はくっっと喉の奥で笑う。
すっかりと下着の中で窮屈にしていた俺自身が、弾けるように飛び出して、彼の目を楽しませていた。
まるで専属のストリッパーになった気分だ。
彼の男にしては繊細な指先は止まる兆しを見せず、俺は無意識に脚を開いてしまっている。
今更、拒む事なんて出来ない。
ずっと、ずっと彼が好きで、こうなりたいと願っていたんだから。
(こんな意地悪な人だなんて…思ってなかったけどね)
奥さんも、子供もいると知っている。
30も後半で出世もどんどんしている。
入社してまもない俺なんかには、とても遠い人。だったはずなのに。
色んな人を騙してうそついて裏切って。
最低で、最低の男。その罠に掛けられたとしても、求められて拒めるはずなんてなかった。
俺が裏切りの片棒を担いでいても、嫌いにさえなれない。
彼の事を考えると胸が痛くなる。
ぴちゃ、といやらしく響く音を聞きながら、奥さんの事なんて今は思いたくなくて目を閉じた。
開いた股の間に沈む黒髪に指を絡めたかったけれど、髪を乱すことは出来ないから、俺はデスクに爪を立てる。
「っあ…ん、んっ……!」
浅ましいほどに、身体も心も彼に餓えていた。
抱かれる程、どんどん吸い取られて乾いていくみたいに。