「意地悪なキスの痕」-6
わざわざ聞かなくても、彼がそうとう苛立っていることが空気で分かる。
とうとうこの人の奥さんと対決する事になるんだろうか、と頭の中でシュミレーションしてみた。
どうしたって勝ち目もないし、何だか意味さえような気がして夢遊病患者のように、俺はただ彼の手に引かれてエレベータへと乗り込む。
ずっと彼は口を開かないから、俺も黙ったまま何も聞けない。
最上階でエレベータは止まり、降りた先にはひとつのドア。
どうやら金持ちらしいワンフロアマンションのようだ。
そんな高級志向が彼らしくて、俺はただその横顔に魅入っていた。
ポケットから鍵を出して、ドアが開かれる。
こんな昼間に誰も居ないんだろうか。
彼はただいま、さえ言わずに俺を部屋へと押し込んだ。
「勝手に調べろ」
「あ、あの…」
どういうつもりですか、と聞こうとした唇から声は出なかった。
奥を見てみると長い廊下の先にリビングが見える。
注意深く窺ってみるけれど、誰の気配も感じなかった。
「こっちだ」
「は、はい…」
ぼけっと立ちすくむ俺の腕を、また彼は強く引いた。
招き入れられたのは、どうやら寝室らしい。
ベッドは一個しかないが、ゆうに二人は寝られそうなものだ。
(…枕も、ひとつ…?)
これが証拠なんだろうか、と俺はベッドへと近づいた。
「っあ…!?」
まだ何かはっきり証明できる、言い逃れできない物があるはずだと、探ろうとしていた身体がバランスを崩した。
彼が俺を思い切りベッドへと引っ張ったからだ。
絡み合うように二人の体躯はベッドへと沈む。
衝撃に目をくらませている間に、俺は彼の身体に馬乗りになる形になっていた。
「まだ信用できないのか」
言い淀む俺を責めるような視線と言葉。
「だ…って」
「信用出来ないんじゃなくて…したくないんじゃないのか」
言い出しにくい確信を塞いでいた刺が抜かれ、新たな場所に刺された気がした。
いつも以上に冷たい声だった。
おかけで俺の服を脱がしに掛かっていた指先を拒むことができず、ジャケットは部屋の隅に放られ、ネクタイをしたままシャツまで脱がされ掛かっていた。
「い、やです…」
きっと奥さんとだってこのベッドを使っている。
見せ付けてやりたいと思ったこともあったが、いざそうなると俺は完全に尻込みしていた。
「勃たせておいて、何を言っている」
「や…だっ」
「すぐ何も考えられなくしてやる…」
「や、めっ」
身体の反応は彼の言うとおりだった。
恥ずかしい事に、身体が先走って彼を求めていた。
だが先に勃起していたのは彼のほうだったはずだ。
何度も最奥にうがたれたものが尻にあたっていたから。熱を感じていたから俺も…。