【笹原義弘】-2
「笹原君」
「――はい」
声は震えて。
坂下さんの方を向くことすらできない。
「礼状できた?」
「坂下さんから言われてすぐ…やりました」
「ありがとう。その礼状、あちらの会社の方に送っておいて欲しいの。頼んでも大丈夫?」
「わかりました…」
俺がそう言うと、ポンっと肩に手を添える。
たったそれだけなのに、俺は欲情してしまいそうだった。
――欲しい。
坂下さんが欲しい。
「よろしくね。じゃあわたしは先に失礼します」
パンプスの音が遠のいていく。
残っている何人かが、「お疲れ様です」と坂下さんに言うのが聞こえて、秘書課のドアが閉まる音がした。
「義弘、大丈夫…?」
隣にいたみのりが、俺の肩をさすろうとする。
「具合悪いの?」
俺は、狂ってしまいそうだった。
ただ触れられただけなのに、欲情して。
だから――みのりのことを傷つけてしまいそうだ。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
・・・・・・・・・・・・
俺はトイレの洗面台の前に立っていた。
坂下さんは…俺があんなことをしたのに、きっと「もう許した」って意味で俺に普通に接してくるんだ。
無視された方が楽なのに。
俺は肩に触れられただけで欲情してしまうほど――まだ好きなのに。
「…義弘…?」
トイレの入り口から、急にみのりの声がした。
「大丈夫…?」
カツカツとパンプスの音が近づいてくる。
俺は振り向いて、みのりをにらむようにして言った。
「ここ…男子トイレだぞ。俺は…大丈夫だから」
「大丈夫なら、ずっとこんなとこいないでしょ。もう他の人みんな帰っちゃったから、別にあたしがここに入ったって平気」
みのりは俺の背中に触れた。
坂下さんに触れられた感触がよみがえる。
俺が手をのけようとすると、みのりが間を置いてから言った。
「――我慢しなくて、いいから。坂下先輩が好きなんでしょ」
「…みのり…?」
「知ってるよ…わかるもん」
心配そうな顔で俺を見つめると、俺の体を抱きしめた。
「ずっと見てるの、知ってたよ」
みのりの体温が伝わってくる。
俺はさっき――あんなに坂下さんに欲情して、まだそれがおさまっていない。
俺の鼓動もきっと伝わっているはずで。