闇よ美しく舞へ。 7 『霊が見える』-5
美闇が言った。
「ねえ、皆藤くんにはあれが見える?」
それは明らかにこの世に現存する物体であっただろう、もちろんそれは皆藤の目にもはっきりと見えていた。
桜の枝に括り付けられた、紐の様な物にぶら下って、その物体は風にでも揺れているのか、ゆっくりと揺れ動いている。それは丸で、人の姿の様でもある。
美闇はゆっくりとその物に近づくと、さらにこう言った。
「ねえ知ってる、人って本当は幽霊とか霊魂とか、そう言った物が見えるようには出きていないのよ。でもね、たまにそう言った物が見えるって言う人もいるけど、本当はね、目で見ているわけじゃないんだ」
「えっ! 龍神さん…… なに言ってるの」
「目じゃなくてね、心で見ているのよ。だから霊魂がはっきり形になって見える人なんて居やしないのよ」
「…………?」
「でもね皆藤君、あなたのは違うわ。あなたは自分の目ではっきりと霊魂が見えている」
「……あっああ! そうだよ! 僕には見えるさ! 幽霊だってなんだってね!!」
「それって変しい(おかしい)と思わない」
「いったい何が言いたいんだ君は! 俺の能力は特別なんだ! それだけ俺が凄い霊能力者だって言う事だけだろ!!」
「ならその目で良ーく、これを御覧なさい。これがいったい何なのか、あなたなら解かるでしょ」
そう言われて皆藤、自分の目が飛び出す程に大きく瞼を見開いて、美闇が指差す黒い物体へと目を向ける。が、それもつかの間だったであろう。一瞬にて青ざめると、今度は腰を抜かしてへたり込み、ガタガタと体を震わせながら。
「うっ嘘だろ! そんな事があるものか!!」
と、声を裏返して叫んでいた。
それもそのはずである、なぜならそこにある、木にぶら下げられた物体は、自分そっくりな、腐敗した首吊り死体だったからである。
美闇が言う。
「幽霊は言うまでも無く死んだ人の魂。その魂を見ることが出来るのは、同じように死んだ人間の霊体だけ。生きている人には絶対にありえない事。したがって皆藤くん、あなたはとっくに死んでいるのよ!!」
そう言いながら美闇は、一ヶ月前、勉強のし過ぎでノイローゼとなり、この場所で首を吊って自殺した男子生徒の亡骸を指で突いて揺さぶって見せる。そしてさらに言った。
「貴方は、あなた自身が死んだ事にも気が付かず、強い意識が形作った幽体でもってさ迷って居ただけなのよ。だから誰も貴方が死んだ事すら気が付かない。誰も貴方の死体を見つけられない」
「うっ嘘だ! 嘘だ! 嘘だ! 嘘だーー!! 俺が死んでいたなんて…… この俺が既に幽霊だっただなんて…… そんなのは嘘だーーー!!」
「嘘じゃないわ。幽霊と生きた人間とを見分ける事が出来る貴方だもの、もう解ったはずでしょ」
言われて、皆藤は取り乱したかのごとく、地べたに座り込んだまま頭を抱えて、狂ったかの様に首を横に振っていた。
そんな皆藤の身体がやがて、透けて薄らいで来ると。
「さよなら皆藤くん……」
そう言い残し、いつの間にか美闇もまた、暗闇へと姿を消していた。
そして皆藤は、木にぶら下ったままの、自分自身の死体を見上げたまま、彼自身、二度とそこから動く事は出来なかった。