15cm(後編)-4
「『ねぇ、毎日毎日さぁ…見てる方は良いかもしれないけど、真剣に練習してる側にしたら迷惑じゃん?』って。」
“覚えてる?”って笑いながら聞く七瀬に、私は首をぶんぶん振る。
「やっぱなー、渡辺は絶対覚えてないと思った!」
「なんでよ?」
「隣の席になった時だって、俺の名前忘れてたじゃん。」
「……。」
私が黙りこんでると、七瀬はおかしそうに笑った。
今日の七瀬はよく笑うな…。
「まぁ、別に気にしてないけど〜…でも、正直傷ついたな、あれは。」
「うわっ、めちゃくちゃ気にしてんじゃん!」
「…そりゃ、誰だって好きな人に名前忘れられてたら傷つくに決まってんじゃん?」
「……え?」
あまりにもサラッと言うから、聞き逃しそうになった。
聞き間違い…じゃないよね?
リアクションをとれないでいると、
「何か言えよ!」
と、隣で真っ赤になった七瀬が言った。
「や…急すぎて訳わかんなくて…。
え…ていうか、なんで?」
お姉さんに似てると言ってみたり、好きな人と言ってみたり、一体どっちなの?
そこが気になって、素直に好きと言われた事を喜べない。
「…きっかけは、さっき言ったとおり、姉ちゃんに似てるってとこかな。
姉ちゃんも、渡辺みたいにハッキリした性格でさ、俺『何でいつも、ちゃんと言わないの!?』って、よく怒られてて。
だから、渡辺がクラスの女子に言ってくれたとき、すごい『似てんなぁ』って思ったんだ。
…だけど、これはあくまでもきっかけだから!
そっから、俺は渡辺に興味を持ったって言うか、…まぁ、今思えば、きっと好きになってたんだろうけど。
それで、ついつい目で追っちゃってたんだよなぁ。
隣の席になったときは、実際めちゃくちゃ嬉しくてさぁ。
黒板の字が見えないとか言って、実は視力2.0だったり。」
「嘘ついてたんだ!?」
七瀬は“わりぃ”と手を合わせながら、ハニかんだ笑顔を見せた。
…七瀬が、私を見ていたなんて知らなかった。
……七瀬が、私を見ていてくれて良かった。
見ていたのが私で良かったよ…。
「…隣になってから、渡辺の意外に恥ずかしがりで意地っ張りな所も、優しい所も、弱い所を隠すための強がりも、いっぱい知れた。
…それで気が付いたんだ。
俺…渡辺が好きなんだって。」
すっかり冷えていた手が、再び暖かくなる。
「…七瀬。」
私達は、上ってきた坂を今度はゆっくりと、手を繋ぎながら下った。