Black mailU-1
ー某所ー
「…ここか……」
ビジネス街から少し離れた場所にある雑居ビルを、男は見つめていた。 分かりづらい場所なのか、その手には住所の書かれたメモが握られている。
30前半の年齢だろうか。 短めの髪に不精ヒゲ。身に付けているジャケットや靴は少々くたびれており、その姿からは、あまり生気が感じられない。
男はくわえたタバコを道端に捨て靴で踏み消すと、ビルの入口へと向かった。
『Black mail?』
大型の液晶モニターに映し出される幾つものグラフ。 そのモニターを凝視する女の瞳。
端正な顔立ちはインテリジェンスに溢れ、グラマラスな体躯はビジネス・スーツに包まれながらも女を演出していた。
女が見つめるグラフはわずかな時間に細かい変動を繰り返す。
その度に女の指がキーボードを叩き、マウスをクリックする。
三上恭香 34歳。
ハーバート・ビジネススクール出身、MBA(経済修士号)取得の才女。
2年前まで、ヤマト証券グループ会社、プログレス・コンサルティング社のエース。
しかし、不祥事を起こし、親会社であるヤマト証券ニューヨーク支店へと左遷。 これは親会社の専務、飯島の策略によるものだった。
だが、その1年半後にJP・モル〇ン社が新たに進出する日本支社の代表としてヘッドハンティングされて日本に舞い戻り、ここ雑居ビルの一角を仮のオフィスとして、来る開業を前にマーケティング活動に勤んでいた。
ある日の午後、彼女の部屋をノックする音が聞こえる。 恭香が〈どうぞ〉と伝えると、受付兼秘書兼ファンド・マネージャーの田神沙樹子が入って来た。
「三上支社長。 荒木探偵社の朝丘という方が、至急お会いしたいと連絡が入ってますが…」
恭香は怪訝な表情を見せる。
「荒木探偵社の朝丘…?用件はなんて?」
「それが…ヤマト証券の件とだけ仰られて……」
ヤマト証券という言葉に恭香は反応した。
「そう。 じゃあ、どこか空いてる時間は?」
田神は〈そうですねぇ…〉と言って手帳を取り出し、パラパラとめくると、
「明後日の15時から15時30分でしたら空いてますが…」
「じゃあ、その日を充ててちょうだい。 場所はここで…」
「分かりました」
田神はにっこり微笑んで、部屋を後にする。 その姿を見届けた恭香は、手を休めてイスから立ち上がると窓に近づいた。