気付かずの恋-9
「私は―…貴方が好きだよ」
「一番、話せるから?」
「―そうかもしれないし、違うかもしれない」
「前と違うのな」
「…冷えてるね、身体」
「待ってたからな」
「―……ありがと」
「俺も、お前が一番好きだよ」
「一番、マシってこと?」
「そうかもしれないし、違うかもしれないな…」
「パクりだよ、私の」
アルはすっと身体を離し、弥世の額に冷えた唇でキスをした。
それから額同士をひっつけて、目を伏せた。
「――無理矢理にでも、連れていきたかった」
「…私も」
弥世はそう言い、少し上にあるアルの冷たい頬にキスをし、抱き締めた。
「死なないで………アル」
「あぁ」
「ふっ、また『あぁ』の虫」
「お前は………泣くなよ、ヤヨ」
「『あぁ』」
「は、お前こそパクりだ」
クスクス笑い合い、暫く抱き締め合った。
やがてどちらともなく腕の力を緩めていく。
離れた身体の隙間を、冷たい風が吹き抜ける。
別れの合図。
「バイバイ」
「じゃあな」
永遠の別れかもしれないのに、それはあまりにも淡白な言葉。
少年の黄色い頭が、くるりと背を向けそのまま闇に溶けて行った。けして振り向くことなく。
いつしか月は雲に隠れ、辺りは夜に支配されていた。
少女は泣くことも出来ずに、夜に飲み込まれてしまった彼の進んだ方向をぼんやりと見つめた。
冷たい風も、いつもは怖い夜の森も、無に等しく映った。
それは、恋と呼ぶにはあまりにちっぽけな感情で、
まるで書き間違えた御伽草子。
幼さ故に、ハッピーエンドになり損ねた2人の想いは、
この夜の闇に溶け出して、形を失っていった。
お互いの存在と共に。
「「大丈夫…大丈夫…」」
バラバラの道を歩む2人は、お互いに知らぬうちに同じ科白を舌に乗せる。
痛く苦しく締め付けられる胸を押え込み、『あぁ、あの人が好きだった』と遅い自覚に喘ぐ。
そして、どうか不器用で優しいあの人が幸せになれるようにと、信じぬ神に祈りを――。
夜は優しく全てを受け入れ、そしてまた、朝がくる。
野が朝日に照らされる頃、少女はまだ井戸の縁。
感傷とも言い切れぬ思いを抱き、
アルの居ない日常が始まる。
弥世は彼に怒られぬよう、そっと泪を流した。