気付かずの恋-2
「今日も其処にいるの」
「何処にいようが、俺の勝手だろう」
「……ご飯、終わっちゃったよ」
「あぁ」
「いらないの」
「あぁ」
「隣り、座ってもいい」
「……あぁ」
(心ここに在らず、ね)
弥世はそう思いながらも、そっとアルより少し離れた所に座った。
施設の外れにある小さな屋根のついた井戸。
アルは何かあるといつも此処に来る。
弥世はよく知っていた。
其処は、弥世にとっても同じ意味を持つ場所だった。
緑の色濃い郊外ならではの風景。
傾きかけた夕日で、一帯の野原が朱くそまる。
こんな日に、2人は初めて言葉を交わした。
「ねー……」
「あ?」
「なんか思い出すね」
肌寒い風が吹き、ザァッと野原の葉を揺らした。
今年もまた、冬が来る。
「……あぁ」
「何のことか、分かってる?」
「あぁ」
「また、『あぁ』の虫になった」
「ブッ、何だそれ」
クックッと喉で笑う彼の横顔を弥世はちらりと盗み見る。
白人らしい、透き通る様な白い肌と、いつもは太陽に反射して眩い金髪が、今は朱に染まって、とても優しく見えた。穏やかな気分になる。
「3年…か」
ザワッ……
「え、何か言った?風で……」
「いや、別に」
「…なら良いけど」
いつも一定の距離感。
一匹狼の2人。
お互いの存在は、気付かないうちに大きな支えになっていた。
「これ、くすねてきたからさ。お食べ」
「お食べって…餌付けかよ」
「ふふ、そう」
にこりと笑う弥世。
アルは素直に渡された包みを開ける。
中には夕飯の不味いベーグルに、オカズのチキンとサラダが挟んであった。
「どうも……」
「いいえ」
パンにぱくつくアルを横目に、藍色が迫る空を見上げる。
2人で並んで井戸の縁、足を投げ出し過ごす、穏やかな時間。
少し寒い筈なのに、寒さはほとんど感じなかった。
こんな時間がずっと続けば良いと、弥世は心から思った。