恋の奴隷【番外編】―心の音K-4
「もしかしてデートしたことない…?」
私が目をぱちくりさせながらそう尋ねてみたら、葉月君は、うっ、と言葉に詰まってしまった。
これは起死回生のチャーンス。今までやられっぱなしだったもんね。ここらで反撃と行きますか。
悩ましげに眉根を寄せて、珍しく言い淀んでいる葉月君を見て、にやにやと含み笑いをしてしまう。
「あらら、図星?」
「うるさいなっ」
目を細めて面白がっていると、葉月君はみるみるうちに真っ赤になって、そっぽを向いてしまった。
「…夏音はしたことあるの」
「あ、あるわよ?数え切れないくらい…」
デートらしいデートなんてしたこともないくせに、不意にそう尋ねられて、つい、意地を張ってしまった。微かに葉月君の綺麗な眉が、ぴくりと動いた気がしたけれど。すぐ前を向いて歩き始めてしまって。いきなり手首を引っ張られた拍子に、私は前屈みになってそのまま転んでしまいそうになった。
「ちょっ、ちょっとぉ!どこ行くか決めてないんでしょ!?」
「むかつく」
「な、何がよ!?」
「夏音は他の人とたくさんデートしてるんだ」
―もしかして拗ねてる?
けっ、と小さく悪態を付いている葉月君の表情は、後ろからだと全く分からないけれど。真っ赤に染まった耳から、さすがにいつもの涼しい顔なんかしていないだろうと推測できる。
「くっ…ふはははっ!」
押さえ切れない笑いが込み上げてきて、私は吹き出してしまった。
「ふんっ。ちっとも面白くなんかないね」
なんだ、可愛いとこもあるんじゃない。
すっかりふてくされてしまった葉月君に、何度となく怒られながらも、私はお腹を抱えて笑った。
「僕なんて女の人と夜しか一緒に過ごしたことないのに」
しかし、独り言のようにぼそりとそう呟く葉月君の言葉に、ぴたりと私の笑い声が止んだことは言うまでもない。一体、彼は普段どんな付き合い方をしているのだろうか…。
それから、幾つか案を出して映画に決まったのだけれど。
「私これ観たかったの!」
上映案内の貼り紙を指差して、葉月君の方をちらっと見ると、葉月君はあからさまに嫌そうな顔をする。
「な、何?だめ?」
「こっちがいい」
葉月君の視線の先は、巷で噂のホラー映画。
「えぇーっ。私そういうの、あんまり得意じゃないのよねぇ」
唇を尖らせて文句を言うと、葉月君は黙ったまま、眉間のしわを一段と深くする。
「わ、分かったわよ…」
顔の表情一つで有無を言わせない葉月君に、少なからず感心してしまう。
手ぶらできたから、お会計はぜーんぶ葉月君だしね。我慢してあげよう。それにしても、あんなに眉間に力ばっかり入れていたら、元に戻らなくなっちゃうんじゃないか心配だわ。
そこそこ人気のある映画らしいが、平日だけあって、人はまばらにしかいなかった。ホラーを観るならば、なるべく人が多い方が安心するのだけれど。それはただの気休め。だって、案の定、来るっ、と分かっていても、大きなスクリーンの映像や大音量の効果音に、いちいちびくりと身体を震わせてしまうわけで。何度となく押し寄せてくる恐怖に、咄嗟に顔を横へ逸らしたのが間違いだった。