恋の奴隷【番外編】―心の音K-2
「先生、これから仕事で出なきゃ行けないからここにいれないの。体調が良くなったら授業に戻ってね」
私は小さく頷いて、後ろめたい気持ちを隠すように、そそくさと布団に潜り込んで。そのまま眠りの淵に落ちた。
耳元を掠める風がくすぐったくて、寝返りを打つと。コツン、と頭に何かがぶつかった。私は重い瞼をなんとか持ち上げて見ると、視界に人の顔らしき影がぼんやりと映る。思考回路が再起動を始め、段々とその線が鮮明に浮かび上がって、私はぎょっ、と目を見張った。
「な、な、なっ……!!」
わなわなと震える私をよそに、至近距離で捉えたその人―葉月君は眉根をよせて眠たそうに目を擦っている。
「んん…なんだ、もう起きたの」
「ぎゃーーーっ!!」
葉月君が瞼をゆっくりと開いて、目と目がばっちり合った瞬間、私は悲鳴を上げて、スプリングを跳ね上げ飛び起きた。
「なんで私のベッドにあなたがいるわけ!?」
猫みたいに丸まっている葉月君を叩き起こして、私はそう詰め寄った。
「夏音がいたから」
「答えになってない!」
目を吊り上げ、人差し指を顔の前に突き出す私に、ちっとも動じないでベッドに寝転がったままの葉月君は、上目遣いに私を見上げ、不機嫌そうに眉間にしわを寄せる。
「だって、夏音はもう僕のものなんだから」
何がいけないの、と開き直る。そんな葉月君の断定的な物言いに、私は目を剥いてしまう。
「あ、あのねぇー…私は葉月君のものじゃないの!勝手に決め付けないでよ!そもそも、“もの”扱いって何よ!?」
「じゃあ彼女」
「言い方変えただけじゃない!そ、それに私達は彼氏、彼女って言えるような関係じゃないじゃないでしょ!?」
「何で」
「付き合ってないでしょうが!」
「だから」
「だーかーらー!付き合ってなければ彼女なんて、普通は呼ばないの!」
「誰が決めたの、そんなこと」
「…だ、誰だっていいじゃない!私は一般論を話してるのよ!」
揚げ足を取ってばかりの葉月君に、私は言葉に詰まりながらも応戦する。
「ふーん」
葉月君は興味なさそうに素っ気ない返事をよこすものだから、余計に面白くない。
「分かったでしょ?私はあなたのものでもなければ彼女でもないわ」
「付き合えば僕のものになるんだね」
私は皮肉っぽい笑みを浮かべてそう言い放ったけれど、葉月君は懲りずに言い返してくるわけで。
「好きって気持ちがないと成り立たないでしょう!?」
「好きだ」
「…棒読みじゃないの」
「次はどうすればいいの」
まるでそこらへんの看板の文字でも読み上げるように、顔色一つ変えずさらりと口にして。呆れて小さくぼやく私をよそに、葉月君は勝手に話しを進める。