『終わりの闇、始まりの光』-1
自分を可愛がってくれていた祖母が他界した。それは、とても悲しい出来事だったけど、どこか冷静に受け止めている自分がいる。自然の摂理、年功序列、仕方のない事なのだと……
晩年を迎えた祖母は意識の混濁を起こし、何年も前の出来事をまるで昨日のコトのように私(真壁魅也)に話したりする。亡くなる数日前もそうだった。
「最近、あの子を見掛けないけど、喧嘩でもしたのかい?魅也」
「誰のコトを言ってるの?おばあちゃん」
「ほら、あの子だよ。ええと、名前はなんて言ったっけねぇ……。そうそう、ヨシキちゃんだよ。」
祖母の言葉に私は愕然とした。ずいぶんと久しぶりに、その名前を聞いた気がする。考えてみれば、あれから二年も経っているのだから、それも当然なのかもしれない。あの日、告げられた事実。彼は死んだのだと聞かされて、私は何日も泣いた。
彼は死んだのよ、おばあちゃん。もう、喧嘩するコトすら出来ないの……
忘れたつもりだった。平気になった筈だった……
けれど、祖母の言葉に私の胸の奥が痛み、そして気付かされてしまった。
まだ彼を忘れられない自分がいるというコトに……
でも、本当に彼は死んだんだろうか?もう一人の冷静な自分が疑問を投げ掛ける。
漠然とした違和感……
理由なんて分からないけど、彼女は言う。
『何かがおかしい』って……
突然現れた、双子の妹[由佳]。彼女の言うコトは、あの頃のヨシキと私を知っている人にしか言えない話。だけど、本当にそうなの?他人の事情を詮索する訳じゃないけど、ヨシキは一度も妹について喋らなかった。
それは何故?
ただ、兄の死を告げるにしては考えられない程の彼女の狼狽(ろうばい)……
それは何故?
消えない違和感。膨らんでいく疑問……。もう一人の私が言った……
彼女は何かを隠してるって……
そんな祖母が亡くなり、葬儀の準備に慌ただしくなっている時、不意にその事を思い出した私は
「お母さん!ちょっと学校に行って来る!」
そう言って家を飛び出した。
「お前、真壁か!?ずいぶんと久しぶりだなぁ。突然どうしたんだ?」
久しぶりに訪れる母校、そして当時の担任。なるべく違和感のない理由を考えて、私は口を開いた。
「実は、祖母が亡くなりまして……」
祖母の死を利用するみたいで、気が引けるけど私は思い切って尋ねてみた。
「生前、祖母が功刀君のコトをとても可愛がっていたので、訃報を伝えたいんです。連絡先を教えて頂けませんか?」
それは、一つの賭……
真実を知りたい……例えそれが、彼の死を再認識するだけだったとしても、私は知りたかった。そんな私の問いに先生は、はっきりとわかる程に動揺する。
「真壁……お前、何も聞いていないのか?功刀は……」
「知ってます。亡くなったんですよね?だけど、家族ぐるみで付き合っていたから、訃報だけは伝えたいんです。」
「死?…あ、ああ、確かにアイツはもういない……。後で調べてこっちから連絡するから、待ってくれないか?これから職員会議なんだ、悪いな。」
先生は一方的に会話を打ち切ると、慌てるように職員室を出て行った。
帰る道々、先生の言葉を反芻(はんすう)していた私は、奇妙なコトに気付いた。それは『いない』とは言っても『死んだ』とは言わなかったコト……
考え過ぎかもしれない。だけど、そこに私の疑問の答えがある……私にはそう思えてならなかった。
その日の夜、先生から連絡があった。電話で言われたアドレスをメモしてお礼を言うと、私は電話を切る。そのまま、電話を見つめながら胸に手を置いて私は呼吸を整えた。再び受話器を持ち上げて番号を押す。
一回、二回、三回……
そして、繋がった電話の向こうに私は言う。
「あの、功刀さんのお宅でしょうか?……」