『終わりの闇、始まりの光』-9
今、どっちの自分が喋っているんだろう。まるで、混乱した私を物語るように言葉使いすら、おかしくなっていた。
「こっちにいらっしゃい、由佳……」
そんな私に向かって彼女は手を伸ばす。その腕の中に吸い寄せられるように私は歩いていった。
細く、しなやかな白い腕……だけど、力強く私を抱き締めてくれる。柔らかな胸、そして甘い香り……
どうして、彼女の胸の中はこんなにも安らぐんだろう……
「どうして、こんなに苦しまなくちゃならないのかしらね。誰が悪い訳じゃないのに……」
優しい声が心に浸みていく……。顔を上げた私を圭子さんは見つめていた。
私に聞いてよ!『何があったの?』って……
『全部、話して』って…
あなたに話したい……
あなたに聞いて欲しい…
だけど、自分からは言えないの……。だからお願い!一言だけ言って……
『私に話して』って……
涙が溢れる、唇が震える。今の私に出来るのは、祈るようにあなたを見つめるだけ……
「私に……話してくれる?聞いてもいい?」
……ああ……
あなたはどうして、いつも私が欲しい言葉を言ってくれるんだろう。
さりげなく、優しく……
私は大声を上げて泣いた。そして、泣きながら彼女に話した。何があったのかを……
きっと、支離滅裂で目茶苦茶だったに違いない。だけど、彼女は黙って最後まで聞いてくれた。
しばらくして、ようやく気持ちが少し落ち着いた私は、呟くように彼女に尋ねてみる。
「圭子さん……私は女ですよね?」
「女に決まってるじゃない。どうして今更、そんなコト聞くの?」
「弥生に告白されたんです。愛してるって……」
「あの娘が!?」
彼女の瞳が私を凝視する。そして深い深い溜息……
「そう、弥生がそんなコトを……」
圭子さんの反応に私は違和感を感じた。驚きながらも、どこか納得したようなその言い方に……
「弥生は私に言ったんですか?それとも……」
「もちろん、あなたに対してよ。だけど、由佳にじゃないわ、けれどヨシキにでもない。」
「あの…言ってる意味がわからないんですけど?」
由佳でもヨシキでもない私……。
一体、どういう意味なんだろう。頭の中に疑問が渦巻いていく……
「ねぇ由佳。不思議に思ったコトない?何で弥生が、いつもあなたのコトだけを考え、行動するのか……。あなたが友達を作らずにいたのはわかるけど、弥生の口から他の友達の話しを聞いたコトある?」
私には彼女が何を言おうとしているのかわからなかった。だけど、彼女の言葉に思い当たる節はある。今まで、当然のように思っていたけど、確かに変だ。
「だけど、それは弥生が私のコトを……」
「じゃあ、言い方を変えるわね。中学時代、魅也さんと付き合っていたからって、あなたは他の友達と遊んだり出掛けたりしたコトないの?」
朧(おぼろ)げに、彼女の言いたいコトがわかって来た気がする。確かに、疎遠になるコトはあっても魅也と付き合っていた時でさえ、私は他の友達と遊んだりしていた。
理解は新たな疑問を産み出す。
じゃあ、弥生は?
私の疑問に答えるように、圭子さんの口が開いた。
そして、その言葉に私は目を見開く。
「それはね、あなたが弥生にとって、たった一人の友達だからよ……」
そんな馬鹿な!!
たった一人の友達?私が言うならわかるけど、何で弥生が?
「こんな事がなかったら、話さないでいるつもりだったけど、言っておかなければならないわね。」
ドクン、ドクン、ドクン……
はっきりと聞こえるぐらいに、私の心音が響いた。
圭子さん、何を言おうとしてるの?私が聞いていいコトなの?
「あの日からあなたに会うまで、あの娘の笑顔は失われたままだった……」
「…あの日……から?」
呟くように聞き返す私に、彼女は静かに頷いた。
「弥生はね、家族がいないの……」
圭子さん、今なんて?家族がいない!?
動揺のあまり、私は耳までおかしくなったんだろうか?私の耳には家族がいないって聞こえた。
「そう、あれは弥生が中学生になる時だったわ。春休みに独り暮しを始めたばかりの私のところに弥生は遊びに来ていたの。」
背筋に冷たいものが流れて行く。私は聞き間違いなんかしていなかった。
先を聞くのが怖い、けれど彼女の話しは続いた。
「最近、両親と上手くいかないってあの娘は言ってたの。だから、少し離れたいんだって……。そんな時、車で出掛けていた弥生の家族は事故に遇いあの娘は家族を失った。父と母と……そして兄を……」