『終わりの闇、始まりの光』-8
「弥生!あなた自分が何を言ってるか、わかってる?由佳がどういう状態か、わかってる筈でしょ!?」
私の耳に叫び声が響く。こんな風に声を荒げる彼女の声を私は初めて聞いた。
弥…生…?
止まりかけていた思考が、ゆっくりと動き出す。
そうか彼女は今、電話で弥生と話しているんだ。
「だけど!……わかったわ、とりあえず聞いてあげる……」
聞く?何を?
リビングの椅子を引く音が聞こえ、襖がノックされる。
「由佳…開けるわよ。」
言葉の後に襖が開いていく。そして差し込む光……。戸口にシルエット姿で立つ圭子さんの手には、携帯が握られていた。
「弥生があなたに出て欲しいって言ってるの。どうする?嫌なら無理しないでいいのよ?」
彼女の言葉は私の耳に届いていた。だけど、頭はなかなか意味を理解しようとしない……
話してどうするの?もう、なにもかも手遅れなのに。今更、どうにも出来ないのに……
でも、私は圭子さんの手から携帯を受け取った。それは弥生に尋ねたかったから……
弥生、あなたは私に何を聞きたいの?何を言わせたいの?そう言うつもりだったから……
受け取った携帯を耳に当てると、圭子さんは部屋を出て襖を閉める。多分、私が話しやすいようにする為に……
口を開き、声を出す。ただそれだけのコトなのに、どうしても言葉が紡げない。私の口からは、微かな呼吸音が洩れただけだった。
『……由佳、私よ……』
弥生の声が聞こえる。いつもよりもゆっくりとした優しい言い方……だけど、それが逆に不安を煽る。
彼女は言った。最後まで聞いて欲しいと……
嫌なら切って構わないと……
だからすぐに電話を切ろうと思った。
聞きたくないから……
言いたくないから……
弥生は切って構わないって言ったから……
だけど、指先は固まったみたいに動かなかった。
弥生は言う、魅也も苦しんでいたのだと……
わかってるわ!みんな私のせいなんだから……
魅也を苦しめたのは私なんだから……
だからもうやめて!!
今すぐ切るから!
ボタンを押すから!
だけど指先は動かない。
どうして動かないの?
なんで動かないの?
もう放っておいて!!
いじめないで……
苦しめないで……
『私はあなたが好き……。誰よりも由佳を愛してる。女同士で気持ち悪いって思うかもしれないけど、これが私の本心……今までも、そしてこれからも……』
今度こそ本当に、私は固まった。
意味がわからない……
弥生、あなたは今、何て言ったの?
私を好き?
私を愛してる?
意味がわからない……
だって私は女でしょ?
気持ち悪いなんて思わないけど、でも…でも!!
あなたは言葉を続ける。
私に嫌われたくないって……
嫌いになんてなる訳ないわ。だって、あなたがいたから私は私でいられたのよ?あなたが支えてくれたから、私は歩いて来れたのよ?だけど……
《どうしたらいいの?》
なんて聞かないで!!
答えられないわ、私には……
だから、あなたが決めて。あなたの思う通りにしていい。私は力を振り絞って口を開いた。
「それは、あなたが決めるコト……そうでしょ?弥生……。あなたの気持ちに応えてはあげられないけど、それでも私の大切な親友よ、あなたは……」
電話の向こうから、弥生の安堵感が伝わって来た。そして、ありがとうの言葉……
お礼なんて言わなくていいの……。私は考えるのをやめただけだから。全てを投げ出してしまっただけなんだから……
私は気怠い身体を無理矢理起こして襖を開ける。彼女に携帯を返すというだけの行為が、とても億劫だった。
「電話……済んだの?」
圭子さんの問い掛けに私は小さく頷く。
「遅くなるけど、心配しないでって……」
「……そう……」
やはり、彼女は何も聞かない……ただ頷くだけ。
「何も……聞かないんですか?」
「聞いてもいいの?」
圭子さんは、そう言うと溜息をついた。
「ごめんなさい。こんな言い方するつもりじゃなかったの。ただ、あなたが言いたくないコトを無理に聞きたくないだけ……」
言い終えて、彼女は静かに微笑んだ。今まで見たコトのないような淋しげで、哀しそうな顔をして……
「ただ、少し哀しいかな?甘えても、頼ってもくれないのは……」
そう言って小さく笑った。
「違う!私、そんなつもりじゃない!だけど俺、どうしていいかわかんないんだ。どうやって甘えていいのか、わからないの……」