恋の奴隷【番外編】―心の音J-1
Scene11―思惑
ガチャリと鉄製の扉が閉まった音が聞こえた。葉月君は昨晩のように、またね、と口元に薄く笑みを浮かべて、静かにその場を立ち去った。私の腕には、くっきりと赤く指の跡が浮かび上がっている。随分と強い力で掴まれていたことに少し驚いた。痛みなんて感じていなかったから。今だに私の鼓動は鎮まることを知らず、猛スピードで打ち続けている。
葉月君が何を考えているのか、ちっとも分からない。けれど、だからこそ、もっと知りたいと私の好奇心を煽るのかもしれない。
私はフェンスに寄り掛かりながら、私のもやもやした心とは正反対の青く澄んだ空を見上げていた。
放課後になって、校庭や体育館から、部活動に励む生徒達の意気揚々とした声が飛び交う。さっきまで惜し気もなく光を降り注いでいた太陽はいつしか雲に覆われ、少し肌寒くなってきた。私は重い腰を持ち上げ、屋上を離れた。
恐る恐る教室の扉を開けてみると、もう誰も残ってはいなくて、私は大きな安堵の溜め息をついた。バイブの鳴る音が聞こえて、鞄の中に入れっぱなしだった携帯をのろのろと取り出してみると、柚姫を含め、クラスメート達からの着信とメールが溜まっていた。いきなり教室を飛び出していったっきりの私を心配してくれていたようだ。私は今まで一度だって授業をさぼることはしなかったのだから。
返信を打ちながら歩いていると、前方から聞き慣れた声がしてぴたりと足が止まる。
「…ノロ」
「待ち伏せしちった」
ノロはそう言って頼りなく笑って見せる。
「…あの!」「…あのさ!」
暫く沈黙が続いた後、二つの声が重なる。
「ナッチーからいいよ」
「ううん、私はいいからノロが話して」
ノロが息をつき、ゆっくり口を開いて、私はごくっと喉を鳴らした。
「ナッチー…今日牛乳飲んでないだろ」
「へ!?」
唇を尖らせてそんなこと言うノロに、私は目をぱちくりさせてしまう。
「俺がいないからって牛乳飲まないのは許さないからな」
ノロはじとっと私を睨んで、牛乳パックを私の前に突き出してきたわけで。私は思わず、それを受け取ってしまった。
「あの…それだけ?」
目を丸くして、そう尋ねる私に、ノロはうーん、と首を捻って考え込んでいる。
「他に何か重要なことあったか?」
真剣に思い悩んでいたと言うのに、なんだか拍子抜けしてしまう。ノロは牛乳なんかのために、待ち伏せしていたのだろうか。そもそも、牛乳こそさほど重要なことではないと思うのだが…。
「で、ナッチーは何を言おうとしてたんだ?」
「え!?…ノロが私の答えを聞かせてくれって言うから…そ、そのことなんだけど…」
「わわわっ!それ以上言わなくていいよ!」
私の話しを遮って、ノロは慌てたように両手をブンブン振る。