恋の奴隷【番外編】―心の音J-2
「だ、だって!」
「いやいや、真面目に話したら『いつもと違うノロ、かっこい〜!ナッチー、好きになっちゃったかも〜!』なんてなるかなーって思ったけど。まぁ、いつまでかかったっていいさ。いつかは俺のこと好きって言わせてみせるぜ!」
私の真似でもしているつもりなのだろう。ノロはやたら高い声を出して、腰をくねらせている。私は堪え切れず、ぷっ、と吹き出してしまう。いつもの調子でふざけているノロに、少しほっとした。
「それに、俺からしたらフラれるよりも、ナッチーに避けられる方がもっと辛いし!」
「そ、それは…」
なんだ、やっぱりノロも気が付いていたのか…。私が言葉に詰まっていると、
「だから、答えはすぐに出さないでいいよ!そのうち俺なしじゃ生きられないようにしてやるから!」
ノロはそう言って、けけけ、と意地悪い笑い声を上げた。
「はいはい、楽しみにしときますよー。あ、そういえば今日は何で遅刻したの?」
私が思い付いたようにそう尋ねると、ノロの顔がひくっ、と引きつったのが分かった。
「い゛っ!?…は、葉月が…」
“葉月”と名前が出ただけでびくっと身体を震わせてしまう。しかし、次の瞬間、ノロの言葉に私は度肝を抜かれた。
「俺の朝飯に下剤入れやがったんだよ…」
「げっ、下剤!?」
「何か企んでるだろうとは予想してたけど…」
昨日の帰り道、ノロが厳しい表情で黙ったままだったのは、そのことを考えていたようだ。
「ひょっとしたら牛乳渡せてなかったかもしれないんだぜ?」
そこまで大事なのか…?牛乳が……。私は半ば呆れ気味に肩をすくませた。
「それにしても何で下剤なんか…」
「あいつ、昔っから俺に敵対心持っててさ。ナッチーを俺から奪い取ろうとでも思ってんだろ。だから、俺が学校に行けないように…」
「ちょっ、ちょっと待って!そこで何で私が関係するわけ!?」
「だって、そりゃあ俺がナッチーを好きだからに決まってんだろ」
ノロはちろっと視線を私に流すと、当たり前だとでも言うように、さらりとそう口にした。私はクラッ、と目眩がして、慌てて頭を振る。
「そ、それじゃあ、そんなことのために葉月君は私に…」
思考回路がショートしかけて、頭のてっぺんから魂が今にも抜け出そう。ノロへの当て付けのために、葉月君は私を利用している…?そんな疑念がどんどん湧いて、胸が潰れそうになって。それと同時に、込み上げてきた怒りがぐつぐつと沸き立つ。
「ナッチー、葉月に何かされたのか!?」
「…ノロのせいで、おでこにキスされちゃったじゃないの!」
「な、なんだってぇ!?そりゃ大変だ!俺が消毒を…」
「兄弟揃って…このド変態っ!」
ノロが私の肩に手を伸ばし、ひゅうっと顔を強張らせて迫ってきたものだから、私は思いっ切り足を踏ん付けてやった。
「ふがっ!!」
ノロは妙な声を上げて、その場にうずくまったままプルプルと小刻みに震えている。私はフンッと怒りを鼻で飛ばすと、悲しみが押し寄せてくる。
“僕のものになりなよ”
囁くように甘い声が脳裏を掠めて、それを断ち切るようにブンブンと頭を振って。葉月君の思惑に、まんまと引っかかってしまいそうだった自分自身にも、情けなくて。私は複雑な気持ちのまま、ノロを引きずって帰路を辿ったのだった。