「詩をつむぐ人」-3
ねぇ、遠野。
私が男だったら、もっと仲良くなれたのかな。こんな時にも、ピアノなんかじゃない慰め方、励まし方があったかもしれないのに。
きっと、私が遠野を好きなこと知られたら、もう一緒にいれなくなる気がするんだ。口を開けば喧嘩ばかりだったけど、それでもきみといるのは楽しかったよ。
きみを困らせたいんじゃないから。
きみをただ好きでいたいだけだから。
きみの笑顔を見ていたいんだ、ずっと。
笑ってほしい。
誰に傷つけられても、ずっと、ずっと私はきみの味方でいるよ。
私は、ただ、遠野と言う人、きみが好きなんだ。
だから、泣かないで。
だから、笑って。
いつしか、演奏は終わっていた。
私の両目からは、涙が溢れて止まらなかった。鍵盤の上に、ポタポタと丸い小さな池が出来る。
遠野が近づいてくる気配がした。私はそれでも、魂が抜けたように動けなかった。
「ありがとう」
遠野の手が、私の長い髪の毛を摘んで言った。
その声に私はのろのろと顔をあげた。遠野の涙がキラキラと夕日に映えて綺麗に見えた。今までみたどんな宝石も、星も敵わないきれいな涙だった。さっきまでと、違う涙だった。
「ありがとう…。…ありがと………が…と……」
遠野は何度も何度も繰り返し、そしてその声は次第に鳴咽になって消えた。
私は遠野の頬に幾筋も流れる涙に、そっと右手で触れた。拭っても、拭っても、とめどなく溢れていた。
「ねぇ」
私は、かすれた声を出した。小さな声だったけれど、レッスン室は狭くて、その声は充分に届いた。
「ねぇ、遠野。笑って?」
遠野が不思議そうに私を見つめる。私は、遠野の澄んだ目の奥を覗き込むように、もう一度言った。
「私、遠野が笑った顔大好きだよ」
涙で目の前の世界が消えて行った。フェードアウトしていく視界の端に、遠野の笑顔が見えた気がした。
きみが辛いときは、私のことを思い出して。
きみのために歌を紡ぐ、私のことを。
私はきみのことをずっと好きだから。
いつでもきみの幸せを願っているよ。
...fin...