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「詩をつむぐ人」
【少年/少女 恋愛小説】

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「詩をつむぐ人」-2

「それは私自身のためにしか弾けない曲だから。…遠野には、遠野のための曲をあげるよ……」

 私はゆっくりとピアノに向かう。滑らかな白い鍵盤の上。指は静かに吸い付いていく。
 右の視界の角に遠野が見えた。
 彼は普段泣かないんだろうな。真っ赤に目を腫らし、頬は上気し、椅子の上で器用に膝を抱えて顔の半分くらいを埋めていた。

 その曲は、始めは圧倒的な存在感を示しながら始まる。印象的で鮮やかなメロディーが宙を駆け抜ける。私は執拗なまでにシンコペーションをかけ、指を踊らせる。そして中盤の落ち着いた雰囲気の中で、私は記憶の中に思いを手放した。

 遠野を始めて見た時には、嫌な奴だと思ったんだっけ。
 団体行動を異常なほど毛嫌いしていた私とは真反対で、クラスを引っ張って行くような、お祭り男だった。子供っぽく見えた彼とは、絶対合わないって思ったんだ。
 サッカー部で必死になって走る遠野の姿を見ている内に、授業中に絶対居眠りをしない遠野の姿を見ている内に、いつしかそんな思いは消えてしまった。
 そうか、こいつはこういうやつなんだ。
 私のように出来ない事を始めから諦めてかかるような事は絶対しないんだ。
 そう思ってから、私は遠野を避けるのをやめた。何だか、自分の方がよっぽど子供に思えたから。
 私にない物を持っている、キラキラした顔。その時は、憧れとか、羨望とか、好意とか、そんな思いは持っていなかったけれど。
 あの時、私が泣かなかったら、きみがその私を見つけなかったら、きっと私は何も変わらなかった。

 なんで?
 なんで私を見つけてくれたの?
 なんで私のことをそんなに心配してくれるの?

 泣いてる私の隣に腰を下ろした遠野は、私が泣き止むまでずっとそこにいた。
 それまで、話した事なんてなかったのに。
 私はずっと強迫観念に囚われていた。世界にあるものが、みんな敵に見えていた。
 そのことを、あの時、理解しようとしてくれた。誰も、分からないと匙を投げたことを、根気強く理解しようとしてくれた。

 なんで?

 そんな事、聞かなくても、きっときみは、なんでそんな事聞くの? 理由なんて、ないでしょ?って言うんだろうね。

 話すようになってからは、なんとなくウマが合って、いつしか一緒にいるようになった。
 びっくりしたんだよ、きみといるだけで、私の世界が急に広がっていったことに。私は、ずっと自分の中で閉じこもっていたんだね。世界が広いってことを、私は遠野を、きみの存在を認める事で、知ったんだ。



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